2015年7月10日金曜日

アジサイの季節

 
アジサイA 6/12
 
 
アジサイB 6/25  
 
 
いたち川 6/25 
 
 
悠学会研修会  6/26  
 
 
こしのみちのなか公開講座 7/4 
 
 
古事記を読む会 7/5  
 
 
 

アジサイの 季節
 この ところ、いたち川の 遊歩道 でも、白銀町の 小公園 でも、いたる ところで アジサイの 花が 目に はいります。アジサイは、夏の 季語だ そう ですが、語源は よく 分からない ようです。漢字で [紫陽花]と 書かれる ことが おおい のですが、それは まったく 別の 花の名だ との 説が あり、アヂサヰ[味狭藍]・アヅサヰ[集真藍] などの 説もある よう です。中国では [八仙花baxianhua]などと 呼ばれて いる ようです。

 

悠学会の 研修会
626日(金)午後、豊栄稲荷神社日本海文化悠学会の 研修会が ありました。佐藤 稔さんが「鵜飼と 祭祀・祭儀の 謎」に ついて、北河 美智子さんが「琴から 見える こと」に ついて、山口 悦子さんが「布谷 渡辺家の 墓標」に ついて 報告されました。それぞれ 7月に 発行予定の 会誌「悠学」 第1集に のる 論文の 予告編と いう ことで、おもしろ そうな テーマ ばかりです。ただ、この日の 報告を 聞いた だけ では、まだ 疑問点 だらけで、議論の しようが ない 感じです。まずは、会誌の 論文を 読んだ うえで、じっくり 議論させて いただき たいと 思います。

                                                      

「越中水橋門徒と 越後柿崎」
7月4日(土)午後、千代田町 丸十Fで「こしのみちのなか」の 公開講座久保 尚文さん(大山歴史民俗研究会会長)が「越中水橋門徒と 越後柿崎」に ついて 基調講演。尾田 武雄さん(日本石仏協会理事)と 太田 浩史さん(となみ民芸協会理事)も コーディネーターとして 参加されました。

 じぶんが 日本人で あり ながら、ろくに 日本の 歴史を 知らない。この 北陸の 地で、じぶんの 先祖たちが どんな 生活を して いたか、どんな 信仰を もって 生きて いたかも 知らない。そう いった 現実を 思い知ら され ました。

 これ までも、富山県に むかし 東大寺の 荘園が あった ことなどは 知識として 知っては いましたが、じぶんの 生活とは 関係 ない 話と 思って いました。「北陸は イナカだから、天皇家 中心の 日本歴史とは 関係 ない だろう」ぐらいに 考えて いました。それが おおきな マチガイだったと 気がついた のは、最近の こと です。

 先日、小説『西行…いのちなりけり』を 読んだ ことは、この ブログでも お話し しましたが、あの 西行が 生きて いた時代(11181190)に 親鸞11731262)も おなじ シャバの 空気を すって いた 計算に なります。こんど 久保さんの お話を うかがって、「西行・法然・親鸞・平氏・源氏・荘園・修験者」などの 相関関係が ようやく すこし だけ わかってきた 感じです。ありがとうございました。

 

ヤマトタケルに ついて
7月5日(日)午前、豊栄稲荷神社『古事記』を 読む 会の 研修会。こんど から、会員が もちまわりで 研究テーマに ついて 報告し、つづいて 質問・討論を すすめる  方式に なりました。その トップ バッターと して 近藤 智秀さんが「ヤマトタケルに ついて」報告 されました。

まず、『古事記』に えがかれた ストーリーを 概括して、つぎの 3点を 指摘。

*ヤマトタケル命の 性格と して「乱暴・残忍・狡猾・勇敢・軽率・女々しい」などの 点がみられる。

*女性の 力が ヲウスの 危機を 二度 救って いる(焼津・走水)。

*天皇では ない ヲウス命が 物語の 主人公に なって いる。

 さらに、『古事記』と『日本書紀』の 記述を 比較した うえで、つぎの ように 指摘。

*物語の 大筋は 同じ。しかし、ヲウスの 性格や 説話に 対する 視線に 大きな 違いが感じられる。人情味 豊かに 種々の 感情を 示し、悲劇的要素を 色濃く 打ち出して いる 『古事記』と 律令国家の 史書と して 天皇に 対し 忠実で 従属的な ヲウスを えがいて いる 『書紀』との 差で あろうか

わたしは、古事記・万葉集などを 日本語研究の 基礎資料 見る 立場 から、 人名・地名 ついても、「ヲウス・ヤマト・ タケルなどの 呼び名に、それぞれ どんな 意味が こめられて いたか」、「ヤマトは、ヤの マトか、それとも ヤマのト か」など、ネホリハホリ 追求する 姿勢 必要では ないかと 提案 しました。

日本語・漢語・英語などの 民族言語は、それぞれ 独特の 音韻感覚 もって いて、その音韻感覚を もとに、その 民族言語の 語彙体系 組織されて います。単語は 音節・音素の 段階まで 分析する ことが でき、それぞれの 段階で なんらかの 意味 表わします。コトバの 意味(の根源)は、その コトバを 発声する ときに、発声器官に 生じる感覚(音韻感覚) こと です。

 現実問題と して、どの 民族言語も 比較的 小数の 音形(音節や 音素)で、無限に 多数の 事物に 対応する 語彙体系を 組織する 方式と なって います。そして、語彙を 組織する 原理・原則は「語音(音形)と音韻感覚との 関係」に たよる ほか ありません。そのため 各民族言語の 音韻感覚は かなり チグハグな ものに なって います。しかし、さらに よく 調べて みると、基本的に おなじ タイプの 音形を もつ コトバは、民族の ワクを こえて 共通の 基本義を もって いる ことが おおい のも 事実です。

 ヤマトタケルの ばあい、まずは ヤマトや タケルの 音韻構造や 感覚を たしかめ、(韻面 からの)同族語を チェックして おく 作業が 必要かと 思います。たとえば、タケルは t-k, t-k-rの 構造を もつ コトバ ですが、やがて 英語take(手に取る), tackle(とりくむ) など にも 対応する 基本義を もって いると 考えられます。   

 次回 (9月の 予定を104日に 変更)は、イズミが「マキムクの 日代の 宮」に ついて 報告する 予定 です。

 

お願い
毎年 応募して いる「教育・文芸とやま」の 原稿 提出期限(8月25日)が せまって
きました ので、しばらく ブログを お休み させて いただきます。どうか、お許し ください