2015年5月23日土曜日

小説『西行』を読む 

 
 
『西行』表紙   
 
 
小説『西行…いのちなりけり』
 『古事記』を 読む 会4月例会の おり、「最近刊の 小説『西行』が 寄贈された ので、希望者に 回覧したい」との 提案が あり、イズミが「イの一番に」借用させて いただくことに なりました。西行に ついては、「もと 武士で、僧侶で、歌人」、「とりわけ サクラの花を 愛した 人物」と いった 程度の 知識しか もって いなかった のですが、この 作品を 読ませて いただいた おかげで、すこし ばかり 西行の 実像が つかめた ように 思います。
小説『西行』は、サブタイトルが「いのちなりけり」。表紙 カバー 帯に「西行の実像にせまる渾身の力作(嵐山光三郎)」と うたって います。発行元の 「MOKU出版()」は あまり なじみの ない 出版社ですが、著者の 近津 三志(ちかつ さんし)は ペンネームで、本名は 千勝 三喜男(ちかつ みきお)。国学院大学 出身で、和歌の 研究者。578ページに わたる 大作ですが、小説という 形式で、読みやすい 作品に なって います。
正直な 話、はじめは かるい 気持ちで 読みはじめた のですが、やがて 「他人事ではない、人生の 一大事」という ことに 気づかされ、自問自答 しながら 読んで いました。歌の こと から コトバ(ヅカイ)の 問題が とりあげられて いる ことも あり、自分の研究資料として 手元に 持って いたいと 考える ように なりました。そこで、5月例会で  いちど お返し した うえで、あらためて 1部 購入と いう 形に させて いただきました。
 
西行 人気の 秘密
 それに しても、西行の 人気の 秘密は どこに ある のか?すこし 具体的に 考えて みましょう。西行が すぐれた 武芸者だった から?すぐれた 歌人だった から?すぐれた 僧侶だった から?もちろん、それぞれの 条件が 西行の 人気を 生んだ モト である ことは 否定 できません。しかし、西行の ばあい、いちばんの キメては「武士」という 職業(飯の 食いだね)を すて、「僧侶」(はじめは 修行僧)と なり、あわせて 歌人と して マコト[真言・真事・誠](真実)の 道を きわめ ようと した、その 生き方(変身ぶり) だったと 思われます。ただの「人気」という より、「アコガレ」と いった ほうが よい かもしれません。内心では「ぜひ、そう したい」「そう なりたい」と 思いながら、現実には「家庭の 事情」「世間の 義理」などの ため「心ならずも アキラメル」と いう 現象が おおい ことは、イマも ムカシも 変わらない ようです。その アキラメの かげに ひそかな アコガレが のこり、無限に 累積されて ゆく ことに なった ので しょう。
 
西行の 実像
  西行は、じっさい どんな 人物だった のか? 小説『西行』の 記述を 中心に、その 出生から 出家する までの 経過を たどって みます。
サイギョウ[西行]は、出家して からの 呼び名で、「西へ 行く(出家する)」の 意。本名、
サトウ ノリキヨ[佐藤義清]。幼名、紀志丸。佐藤家は、俵藤太 こと 藤原秀郷の 流れで、祖父・スエキヨ[季清]、父・ヤスキヨ[康清]とも、「検非違使」「左衛門尉」などに 任じられた。母、アヤ[]の前は、源 清経(義清の 外祖父)の 娘。
4歳の 時、父 康清(30余歳)を 亡くし、13歳の 時、母 アヤ[]が 病死。15歳で 元服。ノリキヨ[義清]を 名のり、権中納言 フジワラ サネヨシ[藤原 実能]の 家人と なる。
義清18歳のとき、サヨ[沙世]16歳)と結婚。祖父 季清の 援助で「ジョウコウ[成功]」(寄付行為の 見返りに 官職に 叙任するという 売官 制度)を 申請し、「兵衛尉」と して、「北面の 武士(御所の 警備を 担当)と なる。やがて、待賢門院 璋子の 熊野 御幸に 供奉。近侍する 女房の 堀河と 出会う。この ころ、平清盛と 出会う。
 (23歳の ころ)仲清が 兵衛尉に 任官義清 出家して、円位(のちの 西行)を 名のる。
 
イキの シカタの 問題
佐藤 義清は、なぜ 出家の 道を えらば なければ ならなかった のか?その 心情を、かってに 推測して みます。
イキル とは、イキを する こと。イキを しなければ 生きて ゆけません。ところで、その イキと いうのは 空気の こと。また、フンイキの こと。家庭の 中の イキと 職場(武家社会)の イキと では、まるで ちがいます。その 武士が つかえる 貴族社会(宮廷) では、また ちがった イキが ながれて います。
 義清は23歳 そこそこで、武家社会や 貴族社会の イキを 知りつくし ました。文武 両道の 達人だった こと から、さまざまな 課題を そつなく こなし、まわりの 人たち から 称賛され、信頼され、さらなる 出世を 期待されて いました。その 期待に そむき, 家庭や 職場を すてた のは、よくよくの こと。もう これ 以上 武家社会でイキを しつづけると したら、自分は いったい なんの ために 生まれて きた のか、生きて いる ことの 意味が わからない。わかくして 亡くなった 父の ことから 考えても、いま すぐ 出家し、あらたな 世界で、安心立命できる イキの シカタを したい。そう 考えた ので しょう。
 
現代社会にも通じる課題
武士・僧侶・歌人 など、それぞれの 集団では、それぞれ 独自の 世界が つくられ、独自の イキ・フンイキが 生まれ、集団に 所属する 全員が 自動的に これを 呼吸して イキル ことに なります。
 西行が 生きた 時代 から、900年ほどの 時間が すぎました。その あいだに、貴族・武家 中心の 時代 から 自由平等・民主主義の 時代へ と、日本社会は すっかり さまがわり して います。しかし、西行が 直面した 課題や その 対処の 仕方 などの 中に、現代社会 でも 参考に なる 点が あると 思います。
たとえば、現代日本社会が 理想的な 社会に なって いると 考える 人は いない でしょう。日本国憲法では「健康で 文化的な 生活をする権利」が 保証されて いる はず ですが、それは タテマエ だけ。じっさいは「ない ソデは ふれ ない」と いう こと。「貧富の 格差 拡大」、「人口 減少」、「原発 事故」、さらには「中国・韓国・アメリカ・ロシアなど との つきあい方」などの 問題も あります。
 祖国防衛の ために 自衛隊に 入隊した人や、日本の 産業振興の ために 官僚と なった 人たちが、(佐藤 義清の ように)「事、志と ちがう」「こんな フンイキの 中で 仕事していても、イキガイが感じられない」と 辞表を 出す などの ことが おこらない ように 願って います。
 
マコトの コトバを さぐる コト
 まだ、小説『西行』を いちおう 読みとおした 段階で、なんとか 全体の アラスジを たどる のが 精いっぱいの 状態です。北面の 武士 佐藤 義清は、出家した あと、どこで・どんな イキを すい、どんな イキガイを 感ずる ことが できた のか?そのへんの ことは、このあと くりかえし 読んで たしかめて ゆきたいと 思って います。
 さらに いえば、西行は 歌人として、また 仏法の 求道者として、 コトバの 使い方に こだわり、死ぬ まぎわ まで マコトの コトバを さぐり つづけて いた よう です。こうした 視点 から、西行作品の コトバヅカイを 読みなおし、具体的な 用例資料を ひろってみる のも おもしろいと 考えて います。
 

2015年5月12日火曜日

「あそびをせんとや」

 
 
佐藤正樹詩集   
 
 
藤原彰子書作 
 
 
 

「あそびをせんとや」
4月下旬、佐藤正樹さん から 詩集『あそびをせんとや…』を おおくり いただき ました。これまで いただいた シ リーズの 7冊目に なります。

  このシリーズ1冊目(1997)タイトル「泰山木」「その時の山」「房総丘陵歩き」「山行記録」という4本立てでした。「ちょっと変わったタイトルだな」と思いました。それが2冊目から3本立てに変わりました。こんど7冊目の タイトルも 「あそびをせんとや」「どくだみの花」「昔むかし」3本立てに なって います。

 シリーズ 初期の ころは、「山歩きの 歌」が おおく、「山歩きの 記録()」も かなりの 紙面を 占めて いました。7冊目 では、本文 167ページの うち、161ページ までが 詩作品に 当てられ、あとは「中米の山」(山歩きの 文)と「信州・佐久の歌」(追憶の 文)に 各2ページを あてて いる だけ。「あとがき」にも「山歩き野歩きの代わりに日々その辺を歩きまわっておりました」と記しています。

  長年の おつきあいで、わたしも すこし ずつ 佐藤さんの 気持ちが わかって きた ように 思います。こんどの 詩集の 中から、わたしが かってに 感心したり 共鳴したり した 作品を いくつか ご紹介 させて いただきます。

 

見たままを コトバに つづる
 佐藤さんの 詩作を 読んで いて、ハッと きづかされる のは、まわりの ものを 見る マナザシが タダモノでは ない こと です。独自の 視点で 見た 映像を、忠実に コトバ(音声信号)に ホンヤクして いる と いった 感じです。たとえば;

 

歩き名人

帽子から靴までいかにも歩く人

たすきまでかけている

近づくとたすきではなく柄物マフラー

 

出合い

速度を緩めて車が急坂を上がる

続いてもう一台

大きい目が二つの昆虫顔

 

ハクモクレン咲く

旅をしてきた白い鳥がいっぱい風に吹かれ止まっている                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                   

                                                                               

                                                                                               

どくだみの花

緑の中の白襟看護のひと

集まるここは看護学校の卒業式か

白襟がいっぱい

 

落し物たち

子供のアクセサリーが落とされて小さな宇宙の銀砂に

動物から別れた落し物 砂をかぶり道のまん中に

 

はと

改めて見れば全身立派な刺青 目の周りまで彫っている 

 

こども

毎日脱皮 洗濯干しものがぶら下がる

 

春先の人影

小鳥たちはささやき 鳥の声までも空気に溶け込んでいる

ひとはふくらんで ベビーカーで 颯爽とで歩いている

 

老を 歌う
 佐藤さんの 作品には、もちろん 赤ちゃんや 子供たちも 登場しますが、老人も しばしば 登場します。高齢者の 所作、あるいは まわりの 人たちとの 関係 などが、独特な視点から きりとられ、えがきだされて います。たとえば;

 

真夏のような六月

老若男女の町中をあるく 人に触れないよう

よろけぬよう躓かぬよう いつからか

 

女子同級生

もう八十だから―

「私齢はひみつにしている」

そうだね 貴重なまだ七十代

「そう貴重なまだ七十代」

 

運動欲

歩幅 抜き足速度

ふらつき度数 ひっかけ度数

平日並みで事もなし

 

床屋

鏡の中から外へさらさらと光る白毛落ち葉

 

自分を 見つめる もう 一人の 自分
  自分が まわりの ものを 見つめて いる。という ことは、その 自分を 見つめて いるもう 一人の 自分が いる から こそ できる ことです。この「もう 一人の 自分」の 目が 随所に 感じられます。たとえば;

 

今日のバランス

まねてよろめく蹲踞の力士を 躓くを見られる電線の小鳥に

 

訪問客と家人

玄関口に電話口にと訪問者 あっさり丁寧に断っている

カメラをとりにそそくさ戻っている 今日の客に

写っているのはドアに来ていた天道虫 色鮮やか

 

電話した日

隣と話すように電話

広がっている「おのれ」

時を隔てていても

海を隔てていても

 

留守番同志

下校して一人何かしている小学生

こちらTVニュースの前ひとりいる大人

別々の世界にいるが境の戸だけ半開き                                                                                            

 

歩く体

動いているのは自分

動かしているのは外から見ている自分

ときどき自分に躓いて                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                            

 

二本足のこだわり

杖一本の三本足 杖二本の四本足を思い

体重を思わぬ方向に引かれながら小股に歩く日

 

追憶
 現役の 時代と ちがって、「毎日が 日曜日」(本人の 感覚は 別と して)の 生活と なると、頭の 中でも「未来への ユメを えがく」作業 よりも、「過去の 思い出に ふける」作業の ほうが おおく なる ようです。たとえば;

あて名書き

名前で会い住所でさらに身近になるがあの辺にお住まいですかで別れる

 

古里

浦島八十郎 小学校の跡地に立って

 

「あそびをせんとや」

新制中学音楽の先生が節をつけた「あそびをせんとや」

古希同級会に腹に響く声で友だちが歌った「あそびをせんとや」

幼たちをみている「学校」「会社」を抜けた

『梁塵秘抄』「遊びをせんとや生まれけむ、戯れせんとや生まれけん、遊ぶ子供の声聞け

ば、我が身さえこそユル[]がるれ」から

 

『梁塵秘抄を書く』
 佐藤さんの「あそびをせんとや」を 読ませて いただいて、わたしは すぐ 藤原彰子さん から いただいた『梁塵秘抄を書く』を 思いだし ました。大阪府 出身の 書家 藤原彰子さんが『梁塵秘抄(後白河法皇 編、今様 歌謡の 集成)の 中から 52首を えらんで 書写した 作品集(桃渓造本計画室 制作、2007年 発行)で、たまたま 富山市 長念寺で 開催された <志田延義先生を「偲ぶ会」>で 記念講演された おりに いただいた ものです。
 全編52首の 中 から「あそびをせんとや」の 部分を コピ-して ご紹介させて いただきました。藤原さんは、「あとがき」の 中で「同時代の和歌や納経の多くが載り得た料紙に今、人々への鎮魂の思いを込め、『梁塵秘抄』を書く」と 記して います。ちなみに、この「あそびをせんとや」の 部分の 料紙は「楮・雁皮混合紙 具引き さざれ純金(赤口・青口) 銀砂子 箔絵」と 注記されて います。藤原さんの 料紙への 思いいれは、佐藤正樹さんの ご子息 信太郎さんの 写真集「夜光」を 連想させる ものが あります(15-2-5ブログ「夜光」参照)。