2015年9月17日木曜日

カツラ[桂・楓]と ケイ[桂]の話

 
 
ウシオ[海潮]の カツラの 木(島根県雲南市)
 
 
カツラの 雄花 
 
 
カツラの 果実 
 
 
クスノキ科の ニッケイ[肉桂] 
 
 
 内山邸のガマ[]
 
(画像は いずれも、当日 配布された 講演資料に よる)
 
 

『古事記』を 読む会の 研修会
96()午前、茶屋町の 豊栄稲荷神社 社務所で 『古事記』を 読む会の 研修会が あり、富山大学 和漢医薬学 綜合研究所 教授 服部 征雄さんが「古事記に 見る 和薬と 香木」と 題して 講演されました。

 服部さんは まず、古事記・万葉集などに 出てくる カツラ[桂・楓]と 『本草綱目啓蒙』・『神農本草経』などに 出てくる ケイ[] とは 別種の植物だと 指摘されました。

わが国に 自生する カツラ[](学名:Cercidiphyllum japonicum)は、カツラ科 カツラ族の 落葉高木。中国の ケイ[]は、クスノキ科、モクセイ科の 植物。漢方薬に 使われる 桂皮・桂枝・肉桂は、クスノキ科の シナモンで ある。わが国の カツラと 同じ植物は 中国には ない。

 つづいて、古事記、大国主神、稲羽の シロウサギ[素兎]の くだりの記事(「カマノハナ[蒲黄」に くるまる」、「キサガイ[𧏛](赤貝)・ウムガイ[]チシル[乳汁]を ぬる」など)を とりあげ、「古代に おける 火傷の 治療法」であり、「蒲黄は 神農本草経に 収載されている 薬物で、純粋に 和薬とは 言えないが、八世紀には 中国本草学が 日本に 知られていた 事の 証である」などと 指摘されました。

 いろいろ 勉強させて いただき ありがとう ございます。先生の お話に シゲキされて、 日本語の カツラ・カマ、漢語の ケイ[]・ホ[] などの 用語に ついて、音韻の 面から すこし 考えて みる ことに なりました。

 

カツラ=カ[髪・香]の ツラ[絃・列]
 植物学上の 分類は 別と して、日本語の カツラの 語音や 意味の構造に ついて 考えて みましょう。カツラは「カツ+ラ」の 構造と 解釈する ことも できますが、「カ+ツラ」の 構造と 解釈する ほうが 分かりやすい でしょう。[]ツラ[列・連]は、髪の ツラナリ。つまり、髪型・ヘアスタイルを 表わす コトバ だったと 考えられます。

 しかし、古事記に 登場する カツラ[桂・楓]は「井戸の ほとりに ある ユツカツラ[湯津香木]」など、あきらかに 植物の ナマエと して 語られて います。髪型か? 植物名か?いったい どっちで しょうか? コタエは 簡単です。まず 髪型を 意味する カツラと いう コトバが 成立し、やがて「カツラの 姿を もつ 植物」も カツラと 呼ぶ ように なったと 考えられます。

カツラ[]の ツは 清音ですが、髪型の カツラは カヅラ とも 呼ばれます(連濁の 現象)。また、カツラは いっぱんに 「カ[]の ツラ[列・連]」と 解釈されて いますが、「[]の ツラ[列・連]」と 解釈する ことも できます。カ[]も カ[]も、「k-する(ヒッカク・ヒッカカル)もの」と いう点で 基本義が 共通して います。

 日本在来種の カツラは、「カ[髪・香] ツラ[列・連]」の 姿からの 命名と 思われますが、古事記に 出てくる カツラ[桂・楓]の 実態に ついては、いろいろ 問題が あります。と いうのは、古事記が もともと 学術的な 歴史書では なく、伝承に もとづく 物語的な性格を もつ 文書で あり、その 記事の すべてに 学術的な 整合性を 求める のは ムリムダ、そして ヤボな 話だと いう ことです。とりわけ「井戸の ほとりに ある ユツカツラ[湯津香木]」の 記事の 背景と して、中国の ケイ[]に かんする さまざまな伝承を とりこんで、壮大・華麗な 物語に 仕立て ようと した 舞台うらが 見えて きます。

 

ケイ[]=カ[]なる木
 中国語の ケイ[]と いう コトバの 戸籍調べを して みましょう。『学研・漢和大字典』には、

ケイ[]kueggui. 「木+音符ケイ[]」の会意兼形声文字。全体が△型に育ったよい形をしている木。[](かっこうがよい)と同系のことば。

と 解説されて います。ごらんの とおり、ケイ[]k-k音 タイプの 語音で、カツラk-t-r音 タイプの 語音。語頭の k-音だけが 共通で、あとは まったく 別々の 音形 なので、意味も 別々と いう ことに なります。ただし、ぎゃくの 見方を すれば、語頭のk-子音を 共有する 分だけ、意味の 面でも 共通の 姿を 表わすと 考える ことも できます。そういえば、どちらも「カッコイイ」姿を 表わして いる 点は 共通です。

 

カマ[鎌・釜・竈・蒲]と ホ[]
 ついでに、日本語 カマと 漢語 ホ[]の 語音に ついても すこし さぐって みましょう。カマ[鎌・釜・竈・蒲]は、動詞 カム[噛・咬]の 名詞形で、「カム もの」が 共通基本義と 考えられます。個別に いえば、草や 木の 枝などに カミつく ハモノが カマ[]。食品に カミつく 姿の 容器が カマ[]。たき火に カミツク・カマエル 姿の 構造物が カマ・カマド[]、と いう ことに なります。カマ・ガマ[]に ついても、カマノハナ[蒲黄](画像参照)の 姿 から「カミつく もの」と しての 命名と 解釈でき そうです。

漢語 ホ[蒲]に ついては、「艸+音譜 ホ[浦]」の 会意 兼 形声文字で、「水ぎわに 生える 草の 名」と 解されて います。漢字音はbuagpu. つまり、p-kタイプの 語音ですから、k-mタイプカマとの 対応関係は ほとんど ゼロです。しいて いえば、カマの 語頭子音と ㇹ[蒲]buag 語尾子音が ともに k()で 対応して います。その点では、この ホ[蒲]は ホ[浦・捕・補・補]ハク[薄・迫]など とも 共通点を もって います。たとえば、ホ[浦]は 「波風が フキよせ、水面が 陸地に ニクハク[肉薄・肉迫]する 地形」。ホ[捕]は「対象を パクリ とらえる 姿」。[補]は「布を ツギハギする姿」と いう ことに なります。

ヤマトコトバの p-k音語と いえば、2音節動詞 だけでも ハク[吐・掃]・ハグ[剥]・ヒク[弾・引]・フク[吹・葺・振・更]・ヘグ[折・減]・ホク[祝・呪] などが あり、それぞれ p-k音 漢語との 対応関係も ある ようです。
 ここまで 日本語と 漢語との 音韻対応関係 ばかり おいかけて きましたが、英語音をふくめて 比較して みれば、さらに あらたな 発見が ある ことと 思います。

2015年9月2日水曜日

ブログを 再開します 

 
 
日本海文化悠学会 7月例会
 
 
  • 「悠学」第1集 表紙 
 
 
志田先生を偲ぶ会 記念講演 
 
 
同上 懇親会場  
 
 
北日本新聞記事 
 
 
 

ブログ 再開の ごあいさつ
710日号 以来、長期間に わたって ブログを 休ませて いただき、たいへん 失礼いたしました。おかげさまで、「教育・文芸とやま」21号の 応募原稿は シメキリ 1週間前の 818日に 提出する ことが できました。

さくねん 20に のせて いただいた 原稿は 「『アユの 風』を 考える…ヤ行音の 意味」という タイトルで、「日本語の アユと いう 語音は、動詞 アユ[零・肖]・アユム[]・イユ[癒・被癒]・オユ[]や 名詞 アヤ[漢・文・綾]・アユ[]・オヤ[] などと 同系の 語音」であり、「アユ[]=弓で 矢を 射る 姿の 魚」、「アユの 風=矢を 射る ようなはげしい 風」と 指摘しました。

ことしの 応募原稿は「ニヒ[]と ネヒ[婦負]…富山県のn-p音 地名を 読む」というタイトルで、地名 ニヒ[]・ネヒ[婦負]を 中心に、動詞 ナフ[]・ヌフ[]・ネバフ[根延]・ノブ[延・述]や 名詞 ナハ[]・ナヘ[]・ナベ[]・ニハ[]・ニヒバリ[新治]・ニヘ[]・ヌヒバリ[縫針] など、n-p音 日本語の 発生・発達の 問題として 議論して みました。あわせて、「メヒ から ネヒへの 音韻変化」や「漢語・英語のn-p音との 対応関係」などに ついて、私見を のべました。12月 中旬 発行の 予定です。

 

「悠学」第1集 発行
7月24日(金)、日本海文化悠学会 月例会の 席で、会誌 第1集が 配布されました。会が 結成されて から 3年、全会員が 協力して つくり あげた 会誌 第1号です。まずは 表紙 デザインの みごとさに おどろき、つづいて カカラー 印刷の 写真や 図表が くみこまれて いるのを 見て、「カッコイイ 作品に なったな」と 感心しました。

 表紙は、佐藤 芙美 会員 (洋画家)の 作品。すばらしい センスですが、問題は、会誌の内容です。目次を 見ると、たしかに 多彩です。

 第1部 「婦負」の 歴史を 求めて

 越中と 頼光の 四天王…宮原 利英

 渡辺氏の 実態を「渡辺党」の 動向から 探る…五十嵐 顕房

 古文書から 野積谷を 考える…五十嵐 俊子

 祖父岳…山口 悦子

 「牛ヶ首用水」地名考…仙石 正三

 (中略)

第2部 コトの 始まり

 弓から 生まれた 古代の 琴…北河 美智子

 スミノエ神は Mr. Smith だった (仮説)…イズミ オキナガ

 越中から 日本を 見る…中島 信之

 歴史と 文化の 薫る まち「ふるこはん」…針山 康雄

 古代 立山信仰の 源流を 探る…関谷 克己

 そして 最後に、「活動記録」「会員名簿」「会則」「日文悠 ニュース」などが 記録されています。

 わたしは もともと 歴史学や 考古学の 門外漢です から、みなさんの 研究報告を 読ませて いただいて、「ああ、そう だった のか」と 感心する ばかり ですが、その 研究報告に 用いられる コトバや モジに ついては、いろいろ 注文を つけたい 感じを もっています。

 たとえば、第1部の タイトルを 「『婦負』の 歴史を 求めて」と したのは 編集者の 見識を しめす ものと して 高く 評価したいと 思います。ただし、せっかく「『婦負』の 歴史…」を タイトルと して おきながら、ネイ[婦負]と いう 用語に かんする 解説記事が見あたら ないのは、いささか 残念です。ネイ[婦負]は、歴史カナヅカイでは ネヒ。『万葉集』など では メヒ[婦負]と 呼ばれて いた ものが、m-子音 から n-子音への 音韻変化の 結果 ネヒと なり、さらには ネイと 変化した ものと されて います。それにしても、地名 メヒは ナゼ 漢字で [婦負]と 表記された のか?親族関係を あらわす メヒ[]と まったく おなじ 音形なのは ナゼか?そう いった ナゾを 解説して くれる 記事が あれば、「日本海文化 悠学会」の イメージに ぴったりだと 思う のですが、いかがで しょうか?

 第2部の 「コトの 始まり」に ついても、おなじ ことが いえます。コトと いう 語音は、漢字で [事・言・辞・琴・箏・殊・異]などと 書き分け られて いますが、ヤマトコトバと しては もともと 1語です。それだけでは ありません。コトは カタ[方・肩・形・潟・片]・クチ[]・クツ[靴・沓] などと ともに k-t音 タイプの 語音で あり、動詞カツ[搗・勝](カチワル)・クツ[](クダケル)などと 同系の コトバです。さらに いえば、漢語の カツkatge・クツgiuetjuや 英語の cut(切る、掘る)などにも 対応する 語音です。

 学問研究には、一つ一つの 用語に ついても、客観性・合理性が 求められ ます。ネイ・メイ・コト などの 用語に ついても、日本・北陸・富山県と いう ローカルな 意味・用法に あわせる だけで なく、漢語や 英語の n-p, k-t音との 対応関係を 利用して 議論する ことが できれば、それだけ 説得力が たかまり、いちだんと グローバルな 議論ができる でしょう。こうした 基礎 がための 作業が「日本海文化」学習の コトハジメに なる のでは ないで しょうか?

 

志田先生を偲ぶ会
726日(日)。富山市長江の 長念寺で「志田延義先生を 偲ぶ会」が 開催されました。この日、記念講演の席で 大村 歌子さんが「志田 義秀・志田 延義・志田 麓 三学者の 足跡」と 題して 講演されました。「志田文庫(富山県立図書館収蔵)に ついて」、「素琴(志田 義秀)先生と 内田百閒の 交流」、「志田家と 佐佐木 信綱・由紀子 夫妻との 関係」、「ヘルン文庫と 志田家の 関わり」などの 項目に ついて、それぞれ 関係者(内田 百閒・大田 栄太郎 など)の 証言記録を そえて 解説された ので、たいへん 説得力が ありました。

志田 延義先生は 山梨大学 名誉教授・国語審議会 委員・日本歌謡学会 創立者などの 肩書を もつ 偉い 学者先生ですが、わたしが はじめて 先生に お目に かかった のは、知人に さそわれて 出席した 文学(?)学習サークル での こと。その 会場が 長念寺ですから、まさに 「寺子屋」の 感じ でした。てもとに 正確な 記録は ありませんが、このサークルは 10年 以上 つづき、『歎異抄』・『親鸞和讃』・『教行信証』などが テーマと して とりあげられ ました。延義 先生は 毎回 講義用 テキストを 準備して 出席者に 配布し、全力投球で 講義され ました。そして 講義の あと、わたし など まったくの 門外漢を ふくめ、参加者 から さまざまな 質問や 意見が だされます。先生は、それを 正面から 受けとめ、ていねいに 解説されました。

 そんな 先生の 人がらに 引かれて、ついつい サークルの 定例会 以外の 日にも 長念寺へ おしかけて、いろいろ 教えて いただく ように なりました。わたしは 中国語 専攻ですが、日本語と 漢語(中国語)と 英語の 音韻比較作業を つづける 中で、日漢英 語音の 対応関係に 気づき、かってに「象形言語説」と いう 仮説を 発表したり して いました ので、自分の 作品が まとまる たびに、先生に 読んで いただき、助言を お願い しました。

 19919月、社会評論社 から『コトダマの 世界…象形言語説の 検証』を 出版した とき,先生は 地元の 北日本新聞 紙上に「『コトダマの 世界』を 読んで」と いう 紹介記事を よせて ください ました。この 記事の 中で 先生は、「江戸時代には、五十音図の各音もしくは各行に特定の意義をみようとする音義説あるいは言霊論が行われたが、近代国語学・言語学ではこれを非科学的として顧みないことにした。しかし(その後)上代特殊仮名遣い(甲・乙の別」が明らかにされ、上代の漢字音も次第に確かめられるようになり、上代語の意義がより正確にとらえやすくなった。泉さんの象形言語の仮説は、この新しい科学的道具をも活用して、音義説・言霊論を科学的に再構築することを目指したものだ」と 評価され ました(当時の 状況に ついては、ブログ「コトダマの 世界」2011.9.27号、「五十音図を 見なおす」の 項を 参照)。 あれから もう 20年 以上に なりますが、わたしに とって いちばんの「心の ササエ」で あり、ま た ハゲマシ とも なって います。