ゆーとりあ越中 7F 窓 から 11/2
N家の花壇 11/3
雪見橋 から 11/4
落葉と 影 11/4
カモちゃん、おはよう! 11/5
ベンチへ、どうぞ! 11/7
10月23日(金)。日本海文化悠学会の 例会で「『アユの風』を 考える」と 題して 報告させて いただきました。ことし 3月に 北陸新幹線が 開通し、在来 平行線を 引きつぐ 第三セクターの ナマエが「あいの風 とやま 鉄道」と 決まった こと などで、「アユの 風」「アイの 風」という コトバが しきりに 使われる ように なりました。しかし、「アユ(の風)」の 語源に ついては、まだ 十分に客観的・合理的な 説明が つかない まま、コトバの ほうが かってに 先走りして
いる 感じが します。北陸の 住民に とって、いまや「アユ(の風)」は 重要な 観光資源でも
ある わけ なので、商品知識と しても、説得力の ある 語源解説を 身に つけて おく 必要が あると 思います。
「アユ」に ついて
国語辞典を 見ると、「風の 名。アユノカゼ とも」(『時代別・国語大辞典・上代編』・三省堂)、「[東風] 上代 北陸方言。ひがし かぜ。あい。あいの かぜ。あゆの かぜ」(『広辞苑』・岩波)などと 解説して いますが、なぜ トウフウ[東風] なのか、なぜ
名詞 アユ[鮎]や 動詞 アユ[肖](あやかる)・アユ[零](こぼれ落ちる)と 同音なのか、客観的・合理的な 解説が ありません。
「アユ(の 風)=東風」と 解釈する 論拠は、大伴 家持が 歌の 中で 「越の 俗語に、東風を アユノ カゼと いふ」(No.4017)と 注釈して いる こと でしょう。たしかに、この 注釈は 重要な 証言です。しかし、この 証言 だけで
「一件 落着」と 考えると したら、それは 「ガキの 使い」と いわれる かも しれません。同一種類の 自然現象を,ヤマトコトバでは
その 音韻感覚に したがって アユという 音形で 表わし、漢語では 漢語の音韻感覚に したがって トウ・dongという
音形で 表わして います。どうして そういう ことに なった のか? そのへんの メカニズムを、だれもが 納得できる ように、客観的・合理的に 解説する ことが 言語研究者の仕事では ない でしょうか?
ゆっくり 説明する 余裕が ない ので、結論から さきに 申しあげます。漢語の トウ[東]は 上古音・現代音とも tung (現代中国の
ピンインでは dongだが、無気の 清音)。イズミの 分類では、トウ棟dong・ドウ動dong・ツウ通tong などと
ともに t-k音 グループ。「ツク・ツキトオル」姿を 表わす コトバを つくります。漢字 トウ[東]の 字形も、もともと 「中に 心棒を 通し、両端を しばった 袋の 形」の 象形で あり、方位名の ヒガシ[東]とは 関係が ありません でした。ただ、ばらばらの シナモノを フクロに つめこむ ことに よって、商品は 東西南北 どこへ
でも 効率よく ツキトオル(移動・流通する)ことに なります。方位名としての
トウ東dong (ヒガシ)は、「太陽が ツキデル・ツキトオル 姿」から 生まれた コトバ。また、シナモノ[品物]の ことを、現代漢語で トンシ 東西 dongxiと 呼んで いる のも、「東西に ツキトオル(流通する) もの」だから です。
漢語の 世界で 見られる 「トウ[東]と ドウ[動]・ツウ[通]」との 関係は、日本語の「アユ」と「アヤ」・「アユ」・「アユム」との
関係に おいても 見られる 現象 です。上代日本語の 段階で 動詞 アユ[零](下二。こぼれ落ちる)・アユ[肖](下二。似る。あやかる)や 名詞 アヤ[綾・文・漢]・アユ[鮎・風位名] などが 成立して います。ここに 出てくる ア音は、ヤyaの y-音 脱落、つまり ヤ[矢]の 姿と 解釈する ほうが 分かりやすい でしょう。アユ[零]は「(血や 汗が) 矢のように フキデル・ツキデル姿」、アユ[肖]は「矢が 並ぶ 姿(どれも みな おなじ)。あやかる 姿」。もともと 1語と 見られる コトバです。アユ[鮎]も また、「矢が ツキデル・トビデル 姿」の 魚 です。「鮎子 サバシル[走]」の サは 接頭辞と 解説されて いますが、もとは サ[箭](矢の 古語)で あり、「矢の ように 走る(ツキデル)姿」を
表わして います。
そして 結論は、「アユの 風とは、矢が ツキサス ような はげしい 風」の こと であり、「東風・東北風 などと
直接の 関係は ない コトバ だった」という こと です。ただし、方位・風位 など 抽象的な コトバが 生まれる 過程は、日本語 でも 漢語 でも 似たような
もの だった という 言語史の 1例 でも あります。
この日の 報告では、ヤ・アヤ・アユ・アユム などの 「ヤ行拗音の 基本義」を とりあげ、さらに「漢語・英語の 拗音との
比較」まで 議論を すすめました。出席の みなさんは、95歳老人の ユメ物語 みたいな 議論に さいご
まで つきあって くださいました。ありがとう ございます。
1月1日(日)午後、藤木 美織さん(信子の 姪)の クルマに 便乗して 富山空港へ
向かいました。信子の 妹の 西田 恵美子 さん(千葉県に 在住)と 長女のstkさん 親子をむかえる ため です。二人の
来訪は 数十年 ぶり。いまどき、てっきり 新幹線でと 思って いたら、stkさんが 母親の 年齢の ことを 考え、すこしでも
安楽な コースを と、わざわざ 飛行機に した との こと。なるほど、そいう 考え方も あるんだと 思いました。
空港で 二人を
むかえた あと、一行 5名、そのまま、神通峡「ゆーとりあ
越中」へ 向かい ました。ここで ゆっくり おしゃべりして、ゆっくり 夕食を 食べ、ゆっくり 温泉に ひたり、部屋へ もどって からも 夜 おそく まで、ゆっくり おしゃべりして いました。それで いいんです よね。せっかく 「ユトリの 越中」へ 来た のです から。
ここは、高山線 笹津駅の 近く、つまり 神通川の 上流に あたり、「神通峡」と 呼ばれる地域 ですが、町村合併の 結果、いまは「富山市 春日」と なって います。旅館で もらった タオルにも 「神通峡、春日温泉」と うたって います。
「神通川」と 「メヒ・ネヒ[婦負]」
温泉に ひたり
ながら、そして そのあと ずっと 「神通川」と「春日」という 地名の由来に ついて 考えて いました。両方 とも、以前 から 気に なって いる コトバで、ブログで
とりあげて イズミ説を 展開した ことも ありますが、富山市の「春日」に 気がついた のは、これが はじめて です。
大伴家持の 関連で、『萬葉集』の 中で、カタカヒ[片貝]・ハヒツキ[延槻]・ウサカ[鵜坂]・ヲガミ[雄神]など、富山県の
河川の ナマエが 多数 紹介されて いますが、ジョウガンジ[常願寺]や ジンズウ[神通]と いう ナマエは 見あたり ません。そのかわり、メヒガハ[売比河波]・メヒノコホリ[婦負郡]などの 地名が 歌いこまれて います。文脈
から 見て、メヒガハは[婦負川]で あり、神通川の 古称だと 推定されて います。ただし、当時の 神通川は、おそらく 富山市内で 常願寺川と 合流して いたと 考えられて います(松川~いたち川の 線)。そうだと すれば、神通川も 常願寺川も いっしょにして メヒ川と よばれて いたかも しれません。
それよりも 気になる
のは、メヒ[婦負]と いう 表記法 です。「女性が 背負う 姿」かと 思われますが、国語辞典や 地名辞典を 見ても,そこまで つっこんだ 解説は 見つかり ません。そこで、イズミ仮説を 立てて みました。
上代語の 段階で
メヒ[姪]と いう 名詞が 成立して います。「兄弟の 女子」を さすコトバ
ですが、「一族の 繁栄」を 連想させる エンギの よい コトバだ った よう です。メヒ川の ばあいも、神通川と 常願寺川が 合流したり、分流したり して いる
姿を「親子・兄弟・ヲヒ・メヒ などで つくる 大家族集団」と 見たてての
命名かと 考えられます。メヒ=[姪]=「同族の 一員と して 責を 負う もの」=[婦負]と いう 発想法 です。メヒ[姪]の 対語に なる ヲヒ[甥]は、メヒ[婦負]に ならって ヲヒ[男負・雄負]と 表記する
ことも できると いう わけ です。
ただし、それは
漢字で 表記する ことに よる 漢語ふうの 発想だと いわれる かも しれません。じっさいは、動詞 メフ[芽生]を 想定して、その 名詞形と しての メヒ(芽生え)だった とも 考えられます。その ばあい、ネヒに ついても、動詞ネフ[根生](=ネバフ[根延])の 名詞形と しての ネヒ(根生え)と 解釈する ことも できる
でしょう。メ[芽] でも ネ[根] でも、母体 から あらたな イノチが 生まれる 姿に 変わりは ありません。
このメヒ[婦負]は、そのご
まもなく ネヒと 読みかえ られます。M-子音 から n-子音への 音韻変化が おこった ためで、ミラ[韮]→ ニラ、ミナ[蜷] → ニナ なども
同類 です。この 音韻変化の 現象を どう とらえれば よいか? M-p 音語と n-p音語との 関係は どう なって いるか? まだ 解明されて いない 問題が のこって います。
ここでも、すこし
発想を 変えて みると、いままで 見えなかった ものが 見えて くるかと 思います。もともと m-子音と n-子音は 近い 関係に あり、 基本義の 面でも メ[目・芽](ウム・ウマレルもの)と ネ[音・根](ナルもの)の
ように、ほぼ 交代可能な 関係 だったと いえます。メヒ から ネヒへの
音韻変化と いう 事例を てがかりに して、ぎゃくに n-p音語の 単語家族を 組織しなおして みる のも おもしろいかと 思います。
上代 n-p音 動詞として ナフ[萎]・ナブ[隠]・ヌフ[縫]・ノブ[展・延・述]が 成立していた こと、また やがて「ナハ[縄]を ナフ[綯]」などの 用法が おこなわれた こと とあわせ 考えれば、ネヒ[婦負・根生]に
ならって ニヒ[丹負・丹生・新]を 設定するなど、n-p音語を 見なおす ことが できる でしょう。「ニフ[丹生]の 川が 氾濫した あとに、ニハカ [俄・丹羽処] づくりの ニハ [庭・丹羽] (=ニヒタ「新田」)が 出現、そこで収穫された
ニヘ[贄]を 神に ささげて、ニヒナヘ [新嘗] 祭りを した」と いった 調子 で、n-p音語の 連想ゲームを 楽しむ ことが できます。
n-p音語と いえば、漢語でも ニフ[入]・ナイ[内]・ナフ[納] などが あり、上古音は
それぞれ niep, nueb, nepと
推定されて います。また、漢字の 字形の 面でも、3字とも [入]の 字形を 共有し、「(根は 地下へ、芽は 地上へ) ノビデル・シノビコム 姿」を 表わして
います。その点では、日本語の n-p音語 ナハ[縄]・ナフ[萎・綯]・ニハ[庭・丹羽]・ニヒ[新]・ニフ[丹生]・ネヒ[婦負・根生]・ノブ[延・述] など とも 共通点が あり そうです。
脱線 ついでに いえば、メヒ[姪]の
ことを 英語で nieceと いい、ヲヒ[甥]がnephewです。英語辞典には、「ともに、語根nepot-(孫。甥)からの 派生語」と 解説されて います。これ など、日本語の メヒ・ネヒ と まったく おなじ 感覚の 発想法から 生まれたコトバと 思われます。さらには、ニヒ川 などの ニヒ[新]に ついても、英語 new(新しい), neon(ネオン),
nova(新星)との 対応関係が 気に なります。
妄想(?)は はてしなく ノビて ゆきますが、またしても
時間切れ です。カスガ[春日]を ふくめ、ユメの つづきは つぎの 機会に まわす ことに します。