2016年4月9日土曜日

いたち川 べりの サクラ 満開 

 
 
富山市日中友好協会総会3/24
 
 
日本海文化悠学会総会 3/25 
 
 
いたち川の サクラ 満開 4/3  
 
 
 いたち川 遊歩道 3/25 
 
 
大沢野の 風景 4/5  
 
 
 ゆーとりあ 越中 まえで 4/6  
 
 
 
3月24日(木)夜、ホテル グランテラスで 開かれた 富山市 日中友好協会 総会に 出席しました。出席者の 中に、むかし 日中国交回復運動に 熱中して いた ころの 仲間の姿は、ほとんど 見あたり ません。それでも、田添 等楊 さんと 同席できて、ほっと しました。田添 さん とは、むかし 富山市 中学校の 教員仲間で あり、当時 たまたま 中国 から 一時帰国して いた hsmtさんの 娘さんを 中学生と して 受けいれる ことに なり、その 学級担任が 田添 さん でした。田添 さんは、独特の 風格を もつ 洋画家と して いまも ご健在 です。また、そのときの 女子 中学生は いま 富山市役所の 文化・国際課に 勤務して います。
むかしなじみと いう 点では ,ひさしぶりで、栗三 直隆 さんに お会い しました。滑川市 光明寺 住職 さん ですが、この日は 県協会 副会長と して 来賓席に 着席。むかし、NHK 富山放送局に 勤務、労働組合の 運動を して おられた ころ からの 顔なじみ。最近は『浄土と 曇鸞…中国仏教を ひらく』(桂書房)を 刊行する など、ますます ご健在の ようです。
 この日、記念講演と して 斎藤 大紀氏 (富山大学 人文学部 教授)が「鳳凰県の 世界」と 題して 講演され ました。鳳凰県は、湖南省 湘西 土家族 苗族 自治州に ある 地方都市で、漢族とは ちがった  文化を 感じさせる 観光地と なって いる よう です。中国の 現代作家 沈従文の 故郷としても 有名です。ただし、わたし 自身 広西省の チワン族 自治州 桂林へは 2回 旅行した ことが ありますが、鳳凰県は まだ いった ことが ありません。これまで 10回 以上も 中国を旅行して きましたが、中国の 土地に ついても 人についても、知らない こと だらけ、分からない こと だらけ だと、あらためて 気づかされ ました。
 
3月25日(金)午後、茶屋町 豊栄稲荷神社で、日本海文化悠学会 総会が 開かれ、平成27年度の まとめ、および 新年度の 計画 などに ついて 協議 しました。まず、各自が とりくんで いる 研究 テーマ などに ついて 報告し、ついで その 提案・報告などの 希望に あわせて 新年度の 研修会日程に くみこむ 作業が おこなわれ ました。
この席で、会員の 関屋 克己 さんが「地名 サワ[澤]と タニ[谷]の 分布」に ついて 研究して おられる ことを 知り、さっそく ご教示を お願い しました。関屋 さんは、即日メールで、隈田 実 論文「日本列島に おける、地形用語と しての 谷と 澤の 分布 …古代民族の 文化圏との 接点を 探る」を おくって ください ました。ありがとう ごじます。
隈田 論文の要旨は「地形用語と しての 谷と 澤の 分布を見ると、日本の背骨と呼ばれる飛騨山脈を境として、西側は谷、東側は沢に、ほぼ統一されている。この地名の分水嶺は、地質学的には、糸魚川~静岡線(大地溝帯あるいはフオッサマグナ)の東側に平行して走っており、南端は御岳南麓まで続いている。谷と沢の分布状態から(本来は言語学・民族学・考古学などの諸分野が関連している問題であることを承知の上で)、古代民族の勢力圏や文化圏との関係を推理してみたい」と いう こと です。この 論文は「地質ニュース563号」(2001年7月)に 掲載された もの ですが、ネットで 簡単に 閲覧・コピー できる ように なって います。ご都合の つく方は、ぜひ いちど 検索して みて ください。タニ[谷]と サワ[沢]の ミゴトな 分布図や ロマンに 満ちた 隈田仮説を たのしめると思います。
地質学には 門外漢の わたし ですが、タニ[谷]と サワ[沢]の 精密な 分布図を 見て おどろき、隈田 さんの 基本姿勢に 感動しました。また、タニ[谷]・サワ[沢]・カワ[川]などと いう 地形用語の 音形・字形・意味用法 などに こだわる 姿勢にも 共感を おぼえました。
 「タニ[谷]と サワ[沢]の 分布図」から「古代民族の 勢力圏や 文化圏との 関係を 推理する」ことは、たのしい こと ですが、それには やはり「言語学・民族学・考古学 などの 諸分野」からの 証言が 必要に なります。その点で、隈田論文の 中で 提案されたいくつかの 仮説は、まだ 十分な 説得力を もって いない ように 思われます。
 ここで、わたしに ナニが できるかと 考えて みました。音韻比較の 面 から、地形用語(タニ・サワ・カワなど)の 音形を 音節・音素の 段階 まで 分析する と ともに、音形と意味(事物の 姿)との 対応関係(やがて、語形の 組織原則)を たしかめる ことに よって、なにがしかの「客観性・合理性」の ある 証言を 引き出す ことが できるかも しれません。
 これから 先の 話は、やや 専門的な 議論に なります ので、くわしい ことは ブログ「コトダマの 世界」でご報告する ことに します。
 
4月3日(日)。いたち川 べりの サクラも ほぼ 満開と なりました。ことしの チンドンまつりは 8日~10日に 予定されて います から、予想より 1週間 ほど 早く花見が できたと いう こと です。花見と いっても、いまの わたしの 体調では、朝食 まえの 20~30分、スマホを ぶらさげて 雪見橋 まで 出かけ、まずは 定点観測で 両岸の 風景を カメラに おさめ、あとは 遊歩道の サクラを ながめて シャッターを 切る くらいの こと。カメラ アングルを 考えて、水面 ちかく まで 階段を おりようと しても、手すりが ないので ムリ。松川との 合流地点 まで 歩けば、またすこしちがった風景が見られるのですが、そこまでの 体力も 意欲も ありません。まあ、これで ヨシと 思って います。96歳の 春、ことしも 無事 サクラの 花を 見る ことが できました。それ だけで、ありがたい こと です。
 
4月4日(月)。西田 直・恵美子 夫妻の 來富に あわせ、藤木 美織 さんの クルマに イズミ 夫妻も 便乗して、ゆ-とりあ越中 まで 一泊旅行に 出かけました。西田 夫妻は、前回も ご紹介した ハルト[悠人] 君の おじいちゃん・おばあちゃんに 当たります。こんどの 富山訪問は、3日に 大津市で 琴の 発表会が あり、母親の 規子 さん だけでなく、ハルト君も 出演する ことと なり、やがて 祖父母の 西田 夫妻 まで 孫の 初舞台 応援にかけつける さわぎと なりました。千葉県 四街道 から 大津 まで きた ついでに、富山を まわって 北陸新幹線で 帰郷と いう ことに きまった そうです。
信直 さんは、旧制 富山高校の 出身で、東北帝大 工学部 卒業後、日鉄・釜石 製鉄所に 勤務。敗戦後も、日鉄 解体に よる 富士製鉄 時代(1950年~)、八幡製鐵所と 合併して からの 新日鉄時代 まで、日本の 製鉄業界で 陣頭指揮を して こられた よう です。やや 難聴の ため、補聴器を つけて、じっくりと 思い出話を きかせて いただき ました。旧制 富山高校の 学生時代、寮生仲間で 食料買い出しに 行って、警察官の 取りしまりに あった 話 から、製鉄技術 関連の 特許権を めぐる 訴訟の 話 まで、まさに 現代史の 証言を 聞く 思いが しました。
 
 
 

2016年3月27日日曜日

「カスミ堤」から「日本語学習法」まで 

 
 
「こしのみちのなか」公開講座 3/11 
 
 
カスミ堤
 
 
 
日本語ボランティア登録者研修会 3/19
 
 
 
 
 
3月11日(金)。富山市 千代田町の 丸十 2Fで 第21回「こしのみちのなか」公開講座が 開かれ、「明治期の 治水と 高田 雪太郎」と 題して、是松 慧美 さんと 針山 康雄さんが 報告されました。
是松 さんは 富山県 立山カルデラ 砂防博物館 学芸員の  立場 から、明治期の 治水事業に かんする 資料の うち、とりわけ お雇い 外国人と して 有名な デ・レィケと 比較的 無名な 高田 雪太郎に 焦点を 当てて 報告。多数の お雇い 外国人を かかえ、高額の給料を 工面する ために 苦心した 政府の 財政事情 なども かいま みえて、わたしども門外漢にも 分かりやすい お話でした。
 つづいて、針山 康雄さんが 、デ・レィケの 故郷 オランダを たずねた ときの ことを、スライドを 使って 報告されました。
  わたしと しては、治水工事の 話の 中で 出て きた「カスミ[霞]堤」と いう 用語にとりわけ 興味を ひかれ ました。コトバと しては 何回か 聞いた ことが ありますが、堤防工事の ナマエに どうして 「カスミ[霞]」と いう コトバ(語音)が 当てられた のか、その 命名法に、興味と 疑問を もち つづけて いた から です。
 霞堤命名の 由来を さぐる ため、あらためて ネットの ウィキペディア などで 検索して みた ところ、予想以上に さまざまな 解説が 出て きました
◆霞堤…連続する 堤では なく、あらかじめ 間に 切れ目を いれた 不連続の 堤防が 主。不連続点に おいては、上流側の 堤防が 下流側堤防の 堤外(河川側)に 入れ込んで いる。不連続部周辺の 堤内(生活・営農区域)側は、予め 浸水を 予想されて いる 遊水地で、それにより 洪水時の 増水に よる 堤への 一方的負荷を 軽減し、決壊の 危険性を 少なく させた。
◆霞…靄・煙霧などで 遠くの 景色が ぼやけて いる(=かすんで いる)様。やや 文学的な 表現で、気象学用語では ない。春の 季語。
◆霧 は、微小な 浮遊水滴に より 視程が1km未満の 状態。 靄は、微小な 浮遊水滴や 湿った 微粒子に より 視程が 1km 以上、 10km未満と なって いる 状態。 霧と 霞は 同じ 現象の 別名 だが、文学的には 「霧立ち上る 秋の夕 暮れ」「春霞」と いう ように 霧は 秋、霞は 春に 主に 使われる。
◆気象観測では、霧、靄、煙霧に 分けられて います。霧は 視程1km 未満。靄と 煙霧は視程 1~10kmで、相対湿度が 50%以上の ときが靄、50%未満の ときが 煙霧と して います。
◆今回の うんちくは ひょんな ことから 靄(もや)と 霧(きり)と 霞(かすみ) の 違いなどを テーマに 選んだ のですが、なかなか すっ霧とは いかず、 心は 靄靄、パソコンの前で 目は 霞、締め 霧が 迫り 霧霧舞いを しました。(^.^)
◆霞(かすみ)は、大日本帝国海軍の 駆逐艦。一等 駆逐艦 朝潮型の 9番艦である。この名を 持つ 帝国海軍の 艦船としては 暁型駆逐艦「霞」に 続いて  2隻目。
 
 さいごに、わたしの 解釈を のべさせて いただきます。まともな 議論を して いると 長く なります ので、結論 (イズミ仮説) から さきに 述べて、ご教示を おまちします。
 カスミ[霞]は、動詞 カスム[霞]の 連用形 兼 名詞形と 考えます。その カスム[霞]は、カスム[略・掠]と 同源で、もともと「カス[滓・粕]+ム[生・産]」の 音韻構造を もつ コトバ。
さらに いえば、その カス[滓・粕]も、動詞 カス[貸]の 基本形 そのままの 名詞用法。カス[貸]の 基本義は「Aが もって いる モノの 一部を カット(ブンカツ[分割])して、Bに もたせる」姿。日本語の カツ[搗・勝・且・合](カツカル・カチワル)は、漢語の カツ[割]や 英語の cutとも 共通の 音韻感覚を もつ 語音です。
 k-t音語 カツの 語尾子音 t-が s-に 変化して  k-s音語と なった ものが カス[貸・滓・粕]と 考える ことが できます。カスム[霞]とは、空気中の 水分が こまかく カット されて「カス[滓・粕]の 姿に なる」、「ガス(gas.気体)の 姿に なる」こと。またカスム[略・掠]とは、「相手が もって いる モノの 一部を カット(分割)して おく」、「スキを 見て (睡眠中、クラヤミ・カスミの 中 など) カスメとる」こと。カスミ網の ばあいは、「ごく 細い 糸で 編んだ 網を、小鳥の とおる 道に 張って (鳥の目を カスメ)、飛ぶ 鳥を 捕える 装置)。カスミ堤の ばあいは、河川の 流れを 分割する ことに よって、1か所に 集中する 水量を カットし、総合して 洪水の 被害を できるだけ カットする ための 対策と いう ことに なります。
 
3月19日(土)。午前。CIC 3F。「日本語 ボランティア 登録者 研修会」に 参加させて いただきました。わたしは「登録者」では ありませんが、「コトバを 習得する こと」や「コトバ学習を 指導する こと」は、わたし 自身の 研究テーマでも あります ので、せっかくの 機会に 勉強して おきたいと 思いたった わけです。  
今回の テーマは「日本語指導の 最新情報」。講師は 原 和子さん(日本語教師会 ゆうゆう 代表)。講演の 内容を、会場で 配布された レジュメ から 要約して ご紹介します。
◆日本語教師が 知る べき こと
 何を     日本語の 言語的 知識(文法・語彙・音声・語法)
 どのように  日本語の 教え方の 知識と 実践
 誰に・どこで・いつ・どうして   コース デザイン(ニーズ 分析・レデイネス 分析)
教師に とって 必要な ものは、「何を 教えるか」と いう 内容項目でも、「どのように教えるか」と いう 教授方法でも なく、学習者が 主体的に 表現する ためには 何が必 要か と いう 環境設定に おける 組織化と 支援の ための「方法論」の 構築 である。(細川 2004)
「学習者の 学習を 支援する 上で、教師は 何が できるかと いう ことが 教育方法論の立場 である。(細川2004)
◆学習 ストラテジー: 学習 ストラテジーは、日本語教育では もはや 無視 できない 領域に なりつつ ある。しかし 一部の 研究者が 占有する トピックでは なく、学習者と 最も 接する 機会を もつ 日本語教師も 学習 ストラテジーを 自らの 教室活動の 中で きちんと 位置づけて いかないと、学習者の 日本語 習得は 達成できないと 断言できる(宮崎里司氏)。
◆自律的学習 支援: 語学教育は「学ぶ」学習者と「教える]教師に よって 成り立つと考える 教育者や 研究者は かなりの 数に 上るが、学習者 自信が 自らの 言語習得を どのように 管理すべきか(つまり 自らの 学習に どのように 働きかけるか)と いった 観点に 強い関心を 寄せる 者は 依然 少数派 であり、学習者の 自律学習能力の 開発に 積極的に 取り組んで いる 日本語教師は さらに少ない(宮崎里司氏)。
◆メタ 認知 ストラテジー とは、学習者が 自分の 認知作用を コントロールする こと,つまり 自分の 学習を 位置付け、計画し、評価すると いった 機能を 使って 言語学習の過程を 調整する こと である(宮崎里司氏)。  以下省略。
 
 こうして 文章に して 書くと、たいへん むつかしい 問題の ような 感じも するのですが、原 さんの 話しぶりは まったくの ザックバラン。お茶の間で 世間話を する ときの ような コトバヅカイで 話を すすめられ ました。
「学習 ストラテジー」、「メタ 認知」など、ハイカラな 用語も 教えて いただき ました。おなじ 用語 でも、原 さん 流の いいかたで 解説 されると、「なるほど、その とおりだ」と ナットクした 気分に なれる よう です。
 講演の 最後の 部分 では、「実際の 指導に ついて 考えて みましょう」と いう ことで、ベトナム・フィリピン 技能実習生の 「月1回。Ⅿ4日本語 能力 試験 対策 クラス」で 実施した 「宿題」の 例まで 解説して いただきました。これで、「日本語 指導の 最新情報」に ついて 1単位 取れた ような 気分に なりました。ありがとう ございます。
 さて、ここで またしても 思いだす のは、日本の 国語教育・外国語教育の 現状 です。原 さん たち、民間の 研究者 たちの あいだで 「常識」と されて いる 「自律的 学習支援」の 考え方は、日本の 学校教育の 教師 たちの あいだ でも「常識」と なって いる でしょうか?
 母語と しての 日本語教育と、第2言語と しての 日本語教育と では、学習方法や 学習指導法に おいて、かなり おおきなチガイがあるのは当然です。しかし、日本語でも・外国語(漢語・英語など)でも、言語習得に かんする 原理・原則は 変わり ません。また、言語の 学習指導に おいて「自律的学習 支援」が 必用と される 点に ついても、おおくの 学校現場では「時代おくれの 態勢の まま」と いうのが 実態では ない でしょうか?「小学校 からの 英語教育」を 確実に 成功させたいと 考える なら、まず いちど 原さん(もしくは、その おなかま)から 「自律的学習」などの 話を 聞いた うえで、万全の 対策を たてられる よう おすすめ します。
 わたしが こんな ことを いう のは、自分でも この 数年来、似た ような ことを 考えつづけて きた から です。とりわけ、ことし 2月、オイ[甥]夫妻が 長男 ハルト 君(3歳)を つれて 来富した おり、ハルト 君の 言動を 観察している うちに(実は、いっしょに なって遊んで いた だけ ですが)、気が ついて、ショックを 受けた こと です。保育園 年少組の ハルト 君は、朝から 晩まで、あちこち 動き まわり、ブツブツ しゃべり どおし です。前回 会って から 2カ月 ほど しか たって いない のに、語彙の 数も 質も 格段の ちがい です。パパや ママ から 教わった とは 考え られない コトバも あります。保育園の トモダチの 影響も ある でしょう。テレビで サンダーバードの 番組を 見て、自分が スーパーマンに 変身した つもりで しゃべって いる らしい ところもあります。
 そのとき わたしは、「これ こそ、言語習得の あるべき 姿」だと 思い ました。そして、ブログ(「春遠からじ」2016.2.23号)でも ご報告 しました。ハルト 君は、だれ から 教え られる までも なく、自分 から(好奇心 から)、自分の 目で マワリを 見とどけ、自分の 耳で 他人の コトバを 聞きとり、やがて 変身して (他人に なりすまして)その セリフを しゃべり ました。原 さん 流の 用語に したがえば、「自律的 学習」の 「3歳児版」と いえる かも しれませんね。
 
 
 
 
 
 
 

2016年3月12日土曜日

「天神 さま」から「青汁」まで 

 
 
『古事記』を 読む 会
 
 
 
 
 
「まちなか」所見 (A)  
 
 
「まちなか 」所見(B) 
 
 
 

「日本海文化 悠学会」研修会
 2月26日(金)午後、千代田町 丸十2Fで、「日本海文化 悠学会」研修会が あり、宮原 利英 さんが「富山の 天神様」に  ついて 報告されました。

 「雷除けに『クワバラ クワバラ』と 唱える」、「道真は、丑年・丑の日に 生まれ、丑の日に 死去。雷神(天神)も 農耕の 神で、各地に 牛の 地名 あり、利長は 『牛ヶ首用水と 名づけよ』と 言った」、「寺子屋 とは…もともと 寺院の 後継者を 育てる 機関 なので、『寺子』(弟子)(の)屋と 呼ばれた。『寺の 小屋』では ない」など、おもしろ そうな 話題が 満載の 感じ でした。せっかく 準備された 画像が パソコンの 不調で 拝見できなかった のが 残念です。

 当日 いただいた 資料では、20項目 ほどの 話題が とりあげられて います。これでは 「すこし 欲ばりすぎ」と いわれる おそれが あります。もう すこし 焦点を しぼって 問題を 設定し、そのかわり 既存の 常識や 定説から1歩 ふみこんだ、独自の 議論を 展開する ように したら、そのあと 甲論 乙駁で、おもしろい 展開に なるかと 思います。

  たとえば、クワバラは もと クハハラ[桑原] = カイコの 飼料としての 桑の葉を 生産する 農園。当時としては 先進技術を あらわす 用語。この クワ[桑]と 同音の クワ[鍬]も、もとは クハで あり、「大地に クヒ[食]こむ」 威力を もつ 新式の 耕具。つまり、クワ[桑]と クワ[鍬]は、動詞 クフの 未然形 兼 名詞形と 解釈します。「クフ[食](クヒコム) ものが クハ[桑・鍬]」、「(大地や 生物を)カフ(カバフ・カブセル・coverする)ものが カハ[河・川・皮・革]」など。ヤマトコトバは、もともと こうした 音韻感覚で 組織されて いる と考えられる から です。

 もう 一方の イカヅチ [雷神]は、イナヅマ・イナビカリ など とも よばれ、現代でも 威力を もちつづけて います。イカヅチの イカは「イク[行・射來] もの」の 姿。イカ[烏賊]や イカダ[筏]も「矢の ように イク」姿 です。イナと イネも 動詞 イヌ[往・去](ナ変)の 名詞形で、イネの 根や 葉が「矢が イヌ[去]」、「矢を イル[射]」姿を もつ ことに よる 命名と 考え られます。 

 「クワバラ クワバラ」と となえる ことが カミナリ よけに なる という のは、根拠のない 迷信に すぎない。そう 断定する 人も いる でしょう。しかし、当時 どんな 社会状況の もとで、どんな 言語感覚が 生まれ、どんな 伝承が 生まれたかを あきらかにする 方が、より 建設的な 議論に なるだろうと 思います。

ついでに、「日本海文化 悠学会」(略称、悠学会)という  ナマエに ついて 考えて みましょう。「悠学会」とは、一種の「学会」でしょうか? それとも、「学会」とは 関係のない 団体 でしょうか?わたし 自身は、<「学会」を めざす 研究者集団> くらいに 解釈して  います。

「学会」をめざすという ことに なると、その 世界での ルールに したがう 覚悟が 必用に なります。なにより まず 「真実を もとめる」姿勢。そして「客観性・合理性の ある 論理」。さらに いえば、コトバヅカイの 正確さが すべての 前提条件に なる でしょう。おなじ コトバを 使って いても、話し手と 聞き手が 別々の 意味で 解釈して いる ことが あります。これでは 誤解の もと。まともな 討論も、研究成果も 期待 できません。学問研究 以前の 問題と いえば それまで ですが、すこし 気をつけて みると、現実社会では いくら でも ころがって いる 問題と いえます。

 

「古事記を 読む 会」研修会
 3日6日(日)午前、茶屋町 豊栄稲荷神社で「古事記を 読む 会」研修会が 開かれました。この日は、上巻、ウカヤフキアヘズ命の 項を 出席者 全員で 輪読した あと、各自 持ちよった テーマに ついて、提案・報告・討論が すすめられ ました。服部 征雄 先生(富山大学 薬学部)から「カツラ[香木]と キサ貝」に ついて 追加報告が ありました。

 イズミ からは、別紙 メモ 「k-t音語と k-s音語の 系譜」に したがって、「カツラ[香木]」や「キサガヒ[𧏛貝]」という 語音について、ヤマトコトバの 音韻大系に おける 位置づけを 解説させて いただきました。すこし だけ 具体的に いえば、こんな こと です。

①  ヤマトコトバでは、k-t音語と k-s音語の 対照的な 関係が 見られる。たとえば、

<動詞>、カツ[搗・勝]:カス[貸](Aの 一部を カツ[割]・cutして Bに あたえる)。キタム(こらしめる):キザム[刻]。<名詞>、カタ[形・型・肩・方・片]:カサ[笠・瘡]。キダ[分・段]:キザ[刻・段] など。

②  カツラ[香木]の 音韻構造と して、「カ+ツラ」、「カツ+ラ」の ほか、「カツ+ツラ」なども 考えられる。キサガヒの キサと キサグの キサは、もと 同源の 1語で、キサグと コソグは、母音交替の 関係。キサグは 「キサ+グ」の 構造で、キサ[象] → キザ[刻・段] →キサグ[刮](コソグ。ケヅル)の ような 意味用法が 生まれたと 考えられる。

③  k-s音の ヤマトコトバの 中には、もと k-t音 から k-s音に 変化したと 見られる コトバがある。カツ[搗] →カス[貸・春]、ケツ[消]→ケス[消] など。スキ・クワ などの 金属利器が 伝来し、イネ農耕が ひろまり、ツキ棒で ツク 時代 から スキ[鋤]で スク 時代へと 変化した ことに 対応する 音韻変化 だった かも しれない。

まだまだ 未熟な 仮説に すぎませんが、人類の コトバの 一つと しての 日本語に ついて 議論する とき、タタキ台に でも 使って いただけたらと 願って います。

 

デイケア 「まちなか」
  「要支援1」の わたしが、千石町に ある デイケア 「まちなか」に 通う ように なって から、半年 あまりに なります。毎週 1回、ここに 来て、ひろびろと した 浴槽に ゆったり、のんびり、ひたる ことが できます。その日に よって、たった ひとりで 貸し切り 状態の ことも あります。わたしの ばあいは, 着替え など じぶん ひとりで できますが、介護が 必要な 人 でしたら、スタッフの 方が 着替え から 背中流し まで 手を 貸して いただける ように なって います。

 フロ から もどって きた あと、広間での ゲームや 体操 などに 参加します。まるで保育園児に なった ような 気分に なれる ひととき です。また、「春と いえば…」と 聞かれて、各自「桜・菜の花・つくし」などと こたえ、その あと「お習字の 時間」よろしく、すきな コトバを えらんで 半紙に 清書したり します。その あと、ちょっと した オヤツも でます。

 その あいまを みて、別室で いろんな マッサージを うける ことが できます。まずはウォーター ベッド。10分 あまり、ベッドに ねて いる だけの ことですが、足の フクラハギ から 腰・背中・首すじ あたり まで、まるで 海水の 波で もみほぐされて いる 感じ。快適で ラクチンです。

つぎは、いす式の マッサージ器。足・腰 など 身体各部を 包みこむ 感じ。すこし 圧迫感が ありますが、使用後、すっきりした 感じが もどって きます。

 さいごの 仕上げは mnm 先生。体の 状況に 応じて、ムダの ない、もっとも 効果的なマッサージが うけられます。

 そんな しだいで、週1回の デイケア 通いが、わたしの 体調 維持 管理の 基本と なって います。

 

健康法の はなし
 ついでに、健康法の はなしも して おきましょう。もともと わたしは「健康法」に ついて 真正面から 考えた ことが ありません。まして ひとさまに むかって 「わたしの 健康法」を 語って みせる など、想像した ことも ありません。しかし、現実に  満96歳の 誕生日を むかえ、このさき まだ 半年か1年 くらいは イノチが もちそうだと いう ことに なって、やはり いろいろ 考える ように なりました。

 コドモの ころ から 体が よわく、徴兵検査では「丙種 合格」。入営・召集の 経験 なし。「大日本帝国 敗戦」の あと、富山市の 中学校 教員と して 勤務して いた ころも、わたしの 胃腸には 牛乳を 消化 吸収する 能力が なく、飲んだ あと すぐ 下して しまう 状態 でした。学級担任と しては 生徒たちの まえで 学校給食の 牛乳を 飲まない わけには ゆかず、ナヤミの たね でした。

 「すてる 神 あれば、ひろう 神 あり」。牛乳の 問題を 解決して くれた のが ヨーグルト です。牛乳の まま では ダメ だった わたしの 胃腸 ですが、ひと手間 かけた ヨーグルト なら すんなり 受けつけて くれる ことが 分かり ました。10年 以上 まえ から、知人に おしえて もらった とおり、ヨーグルト メーカーに 牛乳を パック ごと セットして、マイ ヨーグルトを つくって います。調理作業 など、いっさい した ことのない わたし ですが、ヨーグルト だけは、「わたし ツクル 人 兼 タベル 人」と いう ことに なります。

 

青汁のこと
 ヨーグルトの はなしを したら、青汁の はなしも して おかねば なりません。と いうのも、牛乳を 飲めない わたしの 栄養補給 対策と して、ヨーグルトに たどりつく ずっと まえ から、青汁を 思いつき、飲み はじめて いた から です。

 青汁の 材料は、大根の 葉、キャベツ、ニンジン・リンゴ・ナシ・ミカン など。それにハチミツ。最近は 大根の 葉が めったに 入手 できなく なった ので、キャベツが 主役です。

  この 青汁は、信子が「ツクル 人」、わたしが「ノム 人」と、役割分担が きまって います。信子が ノマナイ のは、エンリョでは なく、アオクサイ ところが お気に 召さないとの こと です。

 

朝の 体操の こと
 ブログの タイトルに 「いたち川 散歩」と うたって いますが、ちかごろは なにか 口実を つけて 散歩を サボル ことが おおく なりました。その かわり、あさ 顔を あらった あと すぐ、20~30分 かけて 自己流の 体操を して います。

 まずは、頭・首・手(腕)・足(脚)の 順に、上下左右に 動かしたり、指で おさえたりします。とりわけ、ヒジ・ヒザ・コシ などの 関節に 異常が ないか、チェックし、指圧します。

 あわせて、ベッドに こしかけた まま、左右の 腕を 交互に つきだす 動作や、両足をそろえて、また 片方 ずつ、 高く ふりあげる 動作を 数回 くりかえします。

 つぎは、ベッドに むかって 立った 姿勢の 体操。ベッドの バーに 片手を ふれながら(転倒防止)、浅めの スクワットを 40回、深めの スクワットを 10回 くりかえします。最後に、片方の 足を 1歩 前に 出した 姿勢で、後ろ足 フクラハギの ケン[腱]を ヒキつらせる 動作を 3回 ずつ。これで 本日の 体操は 終了 です。

 「指圧・マッサージ・ストレッチ・スクワット」 など、いろんな 用語が ありますが、わたしの ばあいは すべて チャンポンで、イイカゲン です。うろ覚え ですが、漢方で いう 経絡の ツボ (手の 三里、足の 三里、合谷 など)を 意識して 手当て する ことも あります。
 考えて みると、これまでに 健康管理に 失敗して、ケガを したり、病気を したり、イノチを うしない かけた ことが なんべんも あります。この年 まで 生きのこれた のは、失敗に こりて(無意識に)生き方(行動様式)を 修正して きた ことも ある かもしれませんが、たまたま 環境に 恵まれた だけの 結果だと 考える ほうが あたって いる かも しれません。いいかえれば、まわりに いた 人たちの おかげで「失敗を 予防できた」、「失敗は したが、立ち直る ことが できた」などと いう こと でしょうか。

2016年2月23日火曜日

春 遠からじ 

 
 
古事記を 読む 会
 
 
いたち川(定点観測) 
 
 
シラサギ 君、(A)

 
 
シラサギ 君、(B)

 
 
ハルト 君、 (A)

 
 
ハルト 君、(B)

 
 
 

古事記を 読む 会
2月7日(日)、豊栄稲荷神社で「古事記を 読む 会」研修会が 開かれました。出席者全員で「葦原中国の 平定…大国主神の 国譲り…天孫降臨」の あたりを 輪読した あと、会員各自が もちよった 研究報告や 意見などに ついて 話しあいました。

所用の ため 出席 できなかった 服部 征雄 先生 から「サキガヒ[𧏛貝]」に かんするメモが よせられて いました。大国主神が 八十神の 迫害を うけて 大やけどを した とき、カミムスヒ[神産巣日]命が サキガヒ[𧏛貝]ヒメと ウムカヒ[蛤]ヒメとを つかわして、作り 活かす ように させた(小学館版)、という 記事が あります。つづけて、「𧏛貝比売 キサゲ[岐佐宜]集めて、蛤貝比売 待ち受けて、母の 乳汁を 塗りしかば、麗しき ヲトコ[壮夫]と 成りて、出で アソビアルキ[遊行]き」と 書かれて います。小学館版の 現代語訳 では、「𧏛貝比売が 石に 張り付いた 大穴牟遅神の 身体を こそげ集め…」と なって います。

服部メモは、「こそげ取るの(対象)は 赤貝で、大穴牟遅の からだでは ない」と 反論し、あわせて 他書(小学館版 以外)の 解説を 紹介して います。

 わたしは、服部メモの 指摘こそ 正解で あり、小学館版の 現代語訳は 古典解釈として初歩的な ミスを おかした 例と 考えます。人さまの こと では なく、じぶん 自身が、つい うっかり、そう いった まちがった 解釈を したまま、気が つかずに いる かも しれない という こと です。

 なお、キサグは「けずる。掻きこそげる」意の 動詞(下二)ですが、音形と しては

コソグと おなじ k-s-kタイプの コトバ。「キサ+グ」の 構造を もつ 動詞と 解釈 できます。この キサは、キザ・キズ[傷]・キザムと 同系。もともと、キダ[分・段]と 同義。ギザギザ[刻刻・段段]・キザム[刻] なども、キダキダ[寸]・キタフ[鍛]に 対応するコトバと 考え られます(漢語の カツ[割]や 英語の cut など とも 近い 語音)。

 

パソコン 学習、やりなおし
 ブログを はじめて から 5年 あまりに なります。機械の 方は まちがいなく 日進月歩 ですが、こちらは 後期 高齢者。その 大脳には 機械の 進歩に ついてゆく 能力が ありません。それ どころか,5年 まえ たしかに 学習し、習得できた はず なのに、いまは 手も 足も 出なく なって いる ことが たくさん あります。

 そこで、ysd さんに お願いして、もういちど 基本的な こと から 教えて いただく ことに しました。「ブログの 下書き づくり」、「スマホで 写した 写真を パソコンに とりこむ 方法」、「ブログへの コメントや 統計資料 などの 見方」など。また、どんな 段階、どんな 場面で、どんな ミス・トラブルが おこるか。どう 対処すれば よいか、など。洗いざらい チェックし、勉強しなおし ました。この 作業の 中で、いろいろ 初歩的な ミスを おかして いた ことに 気づきました。

 

コメントの あつかいに ついて、おわび
 これまで、毎回 ブログの 原稿づくり から 公開 までの 作業に 追われ、そのほかの こと まで 考える 余裕が ありません でした。

自分が 書いた ブログを どんな 地域で、どれだけの 人が 読んで いただいたか、それは 統計の 項で しらべる ことが できます。そのことは、ブログ 入門の 段階で 知識として 知って いましたが、じっさいは そこまで 手が 回り ません でした。読者 から コメントを いただける ことは めったに ありません ので、コメントの 有無を たしかめる作業も めったに しません でした。こんど あらためて 「コメントの チェック法」を 教えて いただき、「こんなに 簡単に チェック できるんだ」と おどろき、自分の 不勉強ぶりを はずかしく 思いました。

 こんど コメントを チェックした 結果を ご報告 します。ブログ「いたち川 散歩」で4件(渥美 あずさ さん。匿名 さん。移民の 末裔 さん。板垣 友子 さん)。「七ころび、八おき」で 3件(渥美 あずさ さん。真船 賢吾 さん。くみ さん)。「コトダマの 世界」で 2件(姚 偉嘉 さん。平名 さん)。合計 9件。ただし、渥美 さん からの 2件は 内容が だぶって いる ので、実質 計 8件の コメントを いただいた ことに なります。

 これに たいして、これまで いちおう 対応ずみの ものは 4件。

①  渥美 あずさ さん(15/10/26)…祖父が「華北交通」に 勤務して いた ころの 状況を 知りたい…(イズミ から)東大 出身との こと なので、「長安会名簿」(華北交通(株)学卒 定期採用者 名簿。出身校も 記入)などを 参考に 情報を 集める ことを 提案。

②  真船 賢吾 さん(11/04/03)…先日、祖父 真船 信夫が 他界。華交 長安会の ことを しらべた ところで、こちらの ブログに たどり ついた。わたくし 自身、世界史の 講師を 務めて いた ことも あり、近代史の 貴重な 記録の 数々は とても 興味深く… (イズミ から)わたしの 手元に、1988年8月、真船 信夫 さん から いただいた ハガキが 残って います。「長安」33号 原稿募集の 案内で、その 最後に「小生の 編集担当も ココ までが 限度 カナの 心境、呵々」と ありました。

③  Kumi さん(11/01/25)…華北交通に ついて 調べて いて、ブログを 拝見。祖父が 華北交通に 勤めて いた 当時の 話を、96歳の 祖母 から 良く 聞いて おりました ので、とても 興味深い ブログ でした。『知識創造企業』と いう 本を 読んだ ばかり ですが、内容が 重なる 部分が あります。ブログの 連載を 楽しみに して おります!…(イズミ から)「華北交通」の なまえを きいた だけで、たいへん なつかしい 気がします。『知識創造企業』に ついては、このあと 勉強させて いただきます。

④  姚 偉嘉 さん(14/09/04)…中国 から 東京 桜美林大学 孔子学院へ 派遣された 中国語 教師です。日本の 近代中国語教育に ついて 研究中。ブログを 読んで、第2次 世界大戦 当時、東京外国語学校に おける 漢語教学の 状況が よく 分かりました。できれば、このあとも 文通したい。…(イズミ から)コメントに 気づく までに 時間がかかりすぎて いた ので、別便で おわびの 手紙を 送付。そのあと、姚 さんが 任期終了で 帰国 (同済大学へ 復帰)されて からも メールで 通信を つづけて います。

 

こんど はじめて 気づいた コメントが 4件 ありました。

①  匿名 さん(15/01/27)…華北交通で 働いて いらした のですね。国策会社に ついて調べて いて、ブログを 拝見しました。私の 夫の 祖父は 富山市 出身、祖母は 滑川在住。ブログの 更新を 楽しみに して います。

②  移民の 末裔 さん(12/05/29)…真剣に 親鸞の 教えを 説教する お坊さんの 姿 など、おきんぼ さんが 理想と する「親鸞の 教え」とは どう いった 事で しょうか?

③  いたがき さん(12/09/06)…大学院で『急就篇』に ついて 研究して いる 中で、検索を かけて いたら 先生の ブログに たどりついた のです。包 先生に『急就篇』を 直接 教わった 世代の 方が ブログを なさって いる こと にも 驚きました。今まで 六角 先生、安藤 先生、牛島 先生 などの 著書で 当時の 東京外大の 授業の 様子を 読んで いましたが、今回は ブログ から 歴史が 飛び出して きて 動き 始めた 感が ございました。

④  平名 さん(14/02/19)・・・言霊、面白い ですね。朝鮮って ハングル語。中国、日本 から 離れて、更に 徹底すると 解らなく なる。やっぱり 元の 漢字 残さないと 意味も判らなく なる。

 

せっかく コメントを いただき ながら、わたしの 不勉強・不注意の ために、長期間 見過ごして きた ことに ついて、こころ から おわび 申しあげます。読者の 方から コメントを いただく ことは、ブログの 書き手に とって、なによりも うれしく、ありがたいこと です。おそく なりましたが、あつく お礼 申しあげます。

 なお、移民の 末裔 さん から「親鸞の 教え」とは どう いった ことかと おたずねをいただきました。あの ブログを もういちど 読みなおして みて、「ずいぶん 調子の いいことを いったな」、と 反省して います。自称「親鸞の 弟子」と いう 気持ち(願望)は かわりませんが、いつか また しずかな 雰囲気の 中で、じっくり「親鸞」に ついて 語りあえればと 願って います。

 いたがき さん から、「包 先生・急就篇・東京外大」などに ついて コメントを いただき、ビックリ しました。姚 偉嘉 さんと 研究テーマが 共通の よう ですが、姚 さんとは 連絡が とれて いる ので しょうか?

 平名 さん から、「言霊、面白い ですね」、「元の 漢字 残さないと 意味も 判らなく なる」との コメントを いただきました。たしかに、そのとおりだと 感じられる 一面も あります。ただし、日本語(ヤマトコトバ)の ばあい、コトダマの コトは、もともと コト[事]と コト[言]を 区別して いません。タマも [玉・珠・弾・球・霊・魂]を 区別して いません。漢語では、それぞれ 字形も 音形も ちがい、別々の コトバ です。その 点で、コトダマ=[言霊]と 考えるのは、あまり 客観的・合理的とは いえません。もともと「ゲンレイ言霊yanling」という 漢語は 成立して いません。

もう ひとつ、「漢字 残さないと 意味も 判らなく なる」と いう のも、一面 そのとおりですが、ぎゃくに漢字に たより すぎる のも 危険だと思います。たとえば、『万葉集』や『古事記』の 歌謡は もともと いわゆる 万葉カナで 書かれて います。漢字が もつ 本来の 意味を すて、表音モジ として 使った モジ ですから、(漢語用)漢字の 意味に こだわって いると、かえって 文の 意味が 分からなく なります。ヤマトコトバの 音韻感覚に したがって、表音モジ として 読んで ゆけば、ひとりでに 意味が 伝わって くる という わけ です。

コトバの 基本は、音声言語。日本人も 中国人も、日常会話は もちろん、ラジオや テレビを 見たり 聞いたり する ときも、いちいち 漢字の 字形を 思いだして いる わけでは ありません。英語や 朝鮮語が 表音モジで 書かれて いる からと いって、その ために「意味も 判らなく なって いる」と  断定する ことは できませんよね。

 

シラサギ 君
 2月11日(木)。小春 びよりに さそわれて、ひさしぶりの 散歩に でかけました。雪見橋下流の 遊歩道に でた とき、いきなり 対岸に シラサギの 姿を 発見。いそいで スマホの シャッターを 切りました。人間の 視線に なれて いる ので しょうか。まっすぐ 立って、じっと 水面を みつめて いる だけ。飛びたつ 気配は ありません。こちらは、雪見橋から 下流の 風景を「定点観測」として シャッターを 切り、そのあと 対岸の 遊歩道 沿いに、シラサギに せまります。あとで 計算して みると、合計 7分 ほど、つきあって くれた ことに なります。シラサギ 君、ありがとう!

 

ハルト 君
 2月12日(金)。東京 から 西田 尚信・規子 夫妻が 長男 ハルト[悠人] 君と ともに来富。いとこ 同士の 土地 茂樹 さん、藤木 芳明・美織 夫妻が 夕食会を セットして くれました。ハルト 君 には 昨年12月にも 会って いる のですが、こんど 会って みて、その 成長ぶりに おどろきました。この日 午前中、立山山麓の スキー場で はじめて スキーに 挑戦、たちまち 滑れる ように なった との こと。夕食会の 席でも、そのあと イズミ宅でも、ずーっと しゃべり つづけ でした。お気にいりの サンダー バード 2号の プラモデルを もちだし、テレビ番組の ヒーローを 演じて 見せたり、チラシを ツギハギして スーパーマン(?)の お面や 衣装を つくったり…こっちも ノリノリで お手伝いしたり…

 保育園 年少組の 3歳児。考えて みると、コトバを 学習・習得するのに 最高・絶好の時期 です。日本語で あれ、外国語で あれ、これほど 楽しんで、これほど 熱中し、これほど くりかえし 練習すれば、最高の 学習効果が えられるに ちがい ありません。

ハルト 君の 様子を 見て いる うちに、ついつい 日本の 言語教育(国語・英語など)の問題に ついて  考えこんで  いました。
いよいよ「小学校 から 英語教育」の 時代に はいったと いいながら、「高校・大学を 卒業しても、英語が 身に つかない」と いう のが 現実です。文科省 当局は、中学校や 高校の 英語学習に ついて「到達目標」を 提示して いますが、その 目標を 確実に 達成する ための「学習指導法」に ついては 明示して いません。日本語でも 英語でも 中国語でも、それぞれ 独特の 音韻感覚を もって います。一つの 民族言語を 習得する ということは、その 民族言語の 音韻感覚を 身につける と いう ことです。このことは、保育園、小・中・高、あるいは 大学 でも、共通の 原理原則 です。なにより まず 必用なのは、学習者 (生徒・学生)が (コトバの) 学習に 熱中する ような 環境を ととのえる こと であり、学習者が つまずき そうな 点を 予見して、的確な 指導・助言を する ことだと 思います。教育現場に それだけの 準備態勢が できて いる でしょうか?文科省 当局は ほんとうに 自信を もって いる ので しょうか?心配です。