2011年9月20日火曜日

辞典の話

「時代別、国語大辞典、上代編」(奥付)三省堂、1967


 「学研・漢和大字典」藤堂明保編、学習研究社、1978

 「新華字典」商務印書館、1971


 「A. . . 」第3版、1993


「インド・ヨーロッパ語の語根」(A. . .巻末フロク)



コトバ論議の裏方さん
ふだん会話している場合は、いちいちコトバの定義を考えて話すわけではありません。ふつうは、それでなんの不都合もありません。しかし場合によっては、どれだけ話しあっても、議論がうまくかみあわないことがあります。おんなじ用語を使いながら、年齢層がちがったり、立場がちがったりして、別々の解釈になっているような場合です。
そんなときは、やはり国語辞典にどう解説されているかを基準にすべきでしょう。もちろん、辞典にある解説が絶対に正しいとはかぎりませんが、議論を交わす時の用語の定義が一致していないと、議論がかみあいません。まずは相互に共通理解できているコトバを使うことで、議論の成立・進行が保障されるわけです。そこで、辞典の解説がたよりにされる。つまり、辞典はコトバ論議の裏方さんということになります。
とりわけ、日本語と外国語の音韻を比較しようという場合は、どの辞典をたよりにすればよいか、大問題になります。

音韻面の解説が、辞典えらびの条件
コトバは、生きものです。時代の変化とともに変化し、また場所など環境の変化に応じて変化します。コトバの意味・用法も、そして発音も変化します。おなじ日本語でも、縄文時代・弥生時代から奈良時代・平安時代・江戸時代・現代へと変化。また現代でも、東北弁・関東弁・関西弁・九州弁など、それぞれ方言音に差がみられます。
日本語と漢語と英語の音韻を比較するには、まず各言語の古代音をたしかめ、そのうえで意味・用法を比較するのが基本です。ぎゃくにいえば、それだけ語彙材料がそろった日本語辞典がないと、音韻比較の作業をはじめられないわけです。わたし自身は、各単語に音韻面からの解説がついている辞典をえらぶようにしています。
英語の辞典では、単語の語源や語(音)形変化などについて解説することが、まともな辞典であることの証明みたいになっています。その点で、日本語辞典はまだ国際的な水準に達していないように思われます。

単語家族まるごとで音韻比較
コトバは、孤独な存在ではなく、かならず親や兄弟があり、単語家族の中ではたらいています。したがって日漢英語音を比較する場合でも、単語を個別に比較するよりも、単語家族まるごと比較する方が、効率がよいわけです。この点からも、基本資料となる辞典が単語家族の視点で編集されていると、語彙体系の全体像がつかみやすく、好都合です。

たよりになる辞典
日漢英の音韻比較作業をはじめて、40年ほどになります。もともと音韻論などとは門外漢でしたから、ずっと失敗の連続でした。たまたま、藤堂明保先生の「漢字語源辞典」(学燈社、1965)を手に入れ、「漢語を単語家族の連合集団としてとらえ、個々の漢字に単語家族の整理番号をつける」方式に感嘆。さっそく、その整理番号を手持ちの「新華字典」(1971年版)の漢字に付記したりしました。そのご1990年、水野信利さん(元富山東部中生徒。キリスト教大学院を経て学習研究者勤務)から「学研・漢和大字典」(藤堂明保編)を贈られ、漢語の音韻にかんしては、もっぱらこの辞典をたよりにしています。
以下、わたしが平生利用させていただいている辞典の中から、いくつか紹介します。

①「時代別、国語大辞典、上代編」(奥付)三省堂、1967
日本語の中核になっているヤマトコトバについて解説した辞典。語源・音韻変化・単語家族などにかんする解説も信頼できると思います。
②「学研・漢和大字典」藤堂明保編、学習研究社、1978 
個々の漢字について、上古音から現代音までの変化を付記するとともに、音韻面から同系の語をあげるなど、単語家族の視点に立って編集された辞典。他言語との音韻比較に、安心して利用できます。
③「新華字典」商務印書館、1971                     
中国では、小学生から大人まで、みんなが使っているといわれる辞典です。漢字の発音はローマ字で表記し、全体としてabc順に配列されています。
④「The American Heritage Dictionary of The English Language. Third Edition. 1993
略称「. . . 3版」。1993年に、Ⅴ. H. Mair教授 からすすめられて、この辞典を利用するようになりました。
(ブログ「七ころび、八おき」8/30「富山外專のころ②」参照)                    
⑤「インド・ヨーロッパ語の語根」(A. H. D.巻末フロク)
「インド・ヨーロッパ語の語根およびその派生語」について、40ページにわたり、一覧表式に解説。合理的・科学的で、しかも実用的。専門の学者・研究者はもちろん、日本の高校生でも利用できそうな、わかりやすい記述になっています。これと同じレベルまで、日本語や漢語の単語家族にかんする研究がすすめば、日漢英の音韻比較研究も世界レベルの普遍性・合理性・科学性・実用性をもつことができるだろうと思います。

2011年9月6日火曜日

ナデシコと「五七五」とアバレ川 


ナデシコ


 奥村さんのブログ「五七五」


 イカラシ川増水
asahi.comより借用

アッパレ、ナデシコ ジャパン
717日、「なでしこジャパン」がFIFA女子ワールドカップ決勝でアメリカを破って初優勝。くらいニュースがつづく中で、日本全国民に勇気と感動をあたえました。アッパレです。そしてさっそく、こんどはオリンピックをめざし、アジア最終予選でタイ(9/1)と韓国(9/3)に連勝しました。それにしても、ナデシコとか、ヤマトナデシコとか、よく聞く名前ですが、実物を見た記憶がありません。どんな花か、じぶんの目でたしかめたいと思いました。
それから数日、町内の中島松鶴堂さんまえの花壇で見つけました。かわいい花で、つつましい感じ。ひとめ見るなり「これがナデシコではないか」と直感。すぐさまケイタイのカメラにおさめました。あとで奥さんにたずねましたが、まちがいなし。「花が咲いているのは数日だけ」とのことでした。念のため、ナデシコをネットで検索してみました;
①ナデシコ科の多年草。山野に自生。夏から秋、淡黄色の花を開き、花びらの先は細く裂けている。秋の七草の一。とこなつ、かわらなでしこ、やまとなでしことも。
②襲(かさね)の色目の名。表は紅梅、裏は青。一説に、表裏ともに紅色。夏に用いる。
③紋所の名。ナデシコの花と葉を取り合わせて図案化したもの。
④撫でるようにしている子。愛児。植物のナデシコと「撫でし子」を掛けことばにしていうことが多い。

アッパレ、アワレ、「五七五」
奥村隆信さんのブログについては、このブログでも数回(5/24, 6/21, 7/19)ご紹介しましたが、わたしはずっと毎日奥村さんのブログをのぞいては、一喜一憂しています。とりわけ「五七五」(俳句風作品)を読むのが楽しみです。アッパレで、アワレです。奥村さんの8/28ブログ「五七五」(「癌日記」より)の中からかってに数句えらんでご紹介します。
6/22 大患(たいかん)の身はさりながら蚊のかゆみ
7/22 生きる意味問はるる夏を過ごしをり
   思ひきや 点滴スタンド 夏の供(とも)
   かくなれどもう二夏(ふたなつ)も生きばやな
   夏の花 生老病死(しょうろうびょうし)うつしけり
   生き生きて夏 死に至るは どの季節
7/26 遠花火(とおはなび)がん患者にも届きけり
   葬列のイメージしきり夏深更
8/13 爆と発。HiroshimaNagasakiFukushima
   生きるとは 死ぬとは何か せみしぐれ
   アルプス席 いくたりありや 癌患者

アワレ、アワレ、アバレ川
つぎつぎ災害報道がある中で、いまやっととりあげる失礼を、お許しください。
729日からの記録的な豪雨で、新潟県三条市の五十嵐川や魚沼市の破間川などの堤防決壊が相次ぎ、流域の住民に避難指示が出されたとのこと。被災者のみなさまに、おくればせながら心からお見舞い申しあげます。
実は、テレビで新潟県水害発生のニュースを見ていて、画面に「アブルマ[破間]川」、「イカラシ[五十嵐]川」と表記されているのを見たとたん、「あっ、これは?」と思いました。 
「アブルマ[破間]」も「イカラシ[五十嵐]」も、もともと人間と自然災害との戦いの中で生まれた地名ではなかろうかと気づいたからです。さっそくウェブで調べてみました。

アブルマ[破間]川 新潟県魚沼市を流れる一級河川。信濃川水系魚野川の支流。
アブルマ[破間]川ダム 魚沼市(旧北魚沼郡入広瀬村)、破間川に建設されたダム。高さ93.5メートルの重力式コンクリートダム。洪水調節・不特定利水・水力発電を目的とする。新潟県営。魚野川は急流…古くから水力発電所の建設が進められていたが、治水に関して堤防整備以外は行われておらず水害が頻発。とくに19698月の集中豪雨で深刻な被害…新潟県が多目的ダムを破間川に建設することを計画。1973年に着手、1986年に完成。
イカラシ[五十嵐]川  新潟県三条市を流れる一級河川。信濃川水系。イカラシと発音する。7年前の豪雨でも決壊。死者2人、不明4人。名称の由来:三条市下田地区周辺は、第11代垂仁天皇の第8皇子「イカタラシ[五十日足]彦命」が開拓したと伝えられ、その子孫が「五十嵐」をなのるようになった。「五十嵐」は、豊作をもたらす「五風十雨」を意味する。五十嵐神社の祭神が「五十日足彦命」。神社の立つ丘が「五十日足彦命」の陵墓とされる。また、アイヌ語由来説もある。物見をするような見晴らしの良い場所を「インカルシベ」といい、北海道遠軽町などの地名として現在も残っている。流域の小山「要塞山」が「インカルシベ」だろう。

地名にこめられた意味を考える
こんどの水害は、「破間川」や「五十嵐川」という地名と直接関係がないともいえます。しかし、アブルマ川に[]が当てられ、イカラシ川に[]が当てられていることから、もともと洪水災害との関係をしめす地名だったことも想像できます。
<イズミの解釈> 「アブル」も「イカラシ」も、いちおうヤマトコトバですから、ヤマトコトバの音韻組織原則にしたがって解釈する方が、合理的で、わかりやすいと思います。アブルマはアブル[][]で、「(川の堤防が)ヤブレ、(水流が)アフレル空間」。アブルaburuは、アフル[]afuruと同源で、またヤブル[破]yaburuの語頭y-音が脱落した音形とも考えられます。いずれにしても、「矢がフレル、フエル、flolwする」、「ヤブレル、アバレル、breakする」姿です。ア=ヤ[矢]=飛ぶもの、流れるもの。ヤマトコトバでは、川(の流れ)・峡谷なども「ヤ」と呼んでいます。たとえばイチガヤ[市谷]・カリヤ[刈谷]・クマガヤ[熊谷]・シブヤ[渋谷]・ヨツヤ[四谷]など。
 イカラシ=イガラシ=五十嵐。動詞イク[射来・行・生]から、イカ・イカル・イカラス・イカラシなどの派生語が生まれたと考えられます。漢字は、すべて当て字。参考にはすべきですが、コトバの意味を決定するものはコトバの発音そのものです。イカ[烏賊]は、イクもの。水中を矢を射るようにイク生物。人工のイカがイカダ[]イカ・イカニ・イカサマなどのイカ[如何・何如]は、「矢が鋭く速くイク[射来]」姿へのおどろきから、疑問の意を生じたもの。イク・イクツ・イクラ・イクバクもおなじ。イカヅチは、イカのチ[霊道]で、カミナリのこと。また、イナビカリのことか。太陽を「空をイク矢=イカ」と見れば、イナビカリ=イナヅマ=イカヅチ=太陽光線。[五十日]と書いて、イカと読むのは、ヤマトコトバと漢語・漢字とのアソビ(カケアイ漫才のような)。漢語で[五十]は[百]の半分の数。モモカ[百日]をイク[射来](割りこむ)ことで、イカ[五十日]になる計算。モモ[桃]とイカ[烏賊]という珍味の食材をひっかけたコトバ遊び。
さきほど引用した解説に<「五十嵐」は、豊作をもたらす「五風十雨」を意味する>とありましたが、それは順調な気候をいのる立場からの解釈でしょう。<現実には天のイカリ[怒]がアラシ[暴風雨]となり、作物をイカラス[射枯]というアワレな事態になったことを記憶し、警告するもの>と解釈することもできると思います。もちろん、イカラシ「五十嵐・射枯」が洪水につながり、そのあとに広大で肥沃な田地が生み出され、そこを「イカタラシ[五十日足]彦命が開拓した」というアッパレな事実もあったことでしょう。