『西行』表紙
小説『西行…いのちなりけり』
『古事記』を 読む 会の 4月例会の おり、「最近刊の 小説『西行』が
寄贈された ので、希望者に 回覧したい」との 提案が あり、イズミが「イの一番に」借用させて いただくことに なりました。西行に ついては、「もと 武士で、僧侶で、歌人」、「とりわけ サクラの花を 愛した 人物」と いった 程度の 知識しか もって いなかった のですが、この 作品を 読ませて いただいた おかげで、すこし
ばかり 西行の 実像が つかめた ように 思います。
小説『西行』は、サブタイトルが「いのちなりけり」。表紙 カバー 帯に「西行の実像にせまる渾身の力作(嵐山光三郎)」と うたって います。発行元の 「MOKU出版(株)」は あまり なじみの
ない 出版社ですが、著者の 近津 三志(ちかつ さんし)は ペンネームで、本名は
千勝 三喜男(ちかつ みきお)。国学院大学 出身で、和歌の 研究者。578ページに わたる 大作ですが、小説という 形式で、読みやすい 作品に なって います。
正直な 話、はじめは
かるい 気持ちで 読みはじめた のですが、やがて 「他人事ではない、人生の 一大事」という ことに 気づかされ、自問自答 しながら 読んで いました。歌の こと
から コトバ(ヅカイ)の 問題が とりあげられて いる ことも
あり、自分の研究資料として 手元に 持って いたいと 考える ように なりました。そこで、5月例会で いちど お返し した うえで、あらためて 1部 購入と いう 形に させて いただきました。
西行 人気の 秘密
それに しても、西行の 人気の 秘密は どこに ある のか?すこし 具体的に 考えて みましょう。西行が すぐれた 武芸者だった から?すぐれた 歌人だった から?すぐれた 僧侶だった から?もちろん、それぞれの
条件が 西行の 人気を 生んだ モト である ことは 否定 できません。しかし、西行の ばあい、いちばんの キメては「武士」という 職業(飯の 食いだね)を すて、「僧侶」(はじめは
修行僧)と なり、あわせて 歌人と して マコト[真言・真事・誠](真実)の 道を きわめ ようと した、その 生き方(変身ぶり) だったと 思われます。ただの「人気」という より、「アコガレ」と いった ほうが よい かもしれません。内心では「ぜひ、そう したい」「そう なりたい」と 思いながら、現実には「家庭の
事情」「世間の 義理」などの ため「心ならずも アキラメル」と いう 現象が
おおい ことは、イマも ムカシも 変わらない ようです。その アキラメの かげに ひそかな アコガレが のこり、無限に 累積されて ゆく ことに なった ので しょう。
西行の 実像
西行は、じっさい
どんな 人物だった のか? 小説『西行』の 記述を 中心に、その 出生から 出家する までの 経過を たどって みます。
サイギョウ[西行]は、出家して からの 呼び名で、「西へ 行く(出家する)」の 意。本名、
サトウ ノリキヨ[佐藤義清]。幼名、紀志丸。佐藤家は、俵藤太 こと 藤原秀郷の 流れで、祖父・スエキヨ[季清]、父・ヤスキヨ[康清]とも、「検非違使」「左衛門尉」などに 任じられた。母、アヤ[文]の前は、源 清経(義清の 外祖父)の 娘。
4歳の 時、父 康清(30余歳)を
亡くし、13歳の 時、母 アヤ[文]が 病死。15歳で 元服。ノリキヨ[義清]を 名のり、権中納言 フジワラ サネヨシ[藤原 実能]の 家人と なる。
義清18歳のとき、サヨ[沙世](16歳)と結婚。祖父
季清の 援助で「ジョウコウ[成功]」(寄付行為の 見返りに 官職に
叙任するという 売官 制度)を 申請し、「兵衛尉」と して、「北面の 武士」(御所の 警備を 担当)と なる。やがて、待賢門院
璋子の 熊野 御幸に 供奉。近侍する 女房の 堀河と 出会う。この
ころ、平清盛と 出会う。
(23歳の ころ)弟 仲清が 兵衛尉に 任官。義清 出家して、円位(のちの 西行)を 名のる。
イキの シカタの 問題
佐藤 義清は、なぜ
出家の 道を えらば なければ ならなかった のか?その 心情を、かってに 推測して みます。
イキル とは、イキを する こと。イキを しなければ 生きて ゆけません。ところで、その イキと いうのは 空気の こと。また、フンイキの こと。家庭の 中の イキと 職場(武家社会)の イキと では、まるで ちがいます。その 武士が つかえる
貴族社会(宮廷) では、また ちがった イキが ながれて います。
義清は23歳 そこそこで、武家社会や 貴族社会の イキを 知りつくし ました。文武
両道の 達人だった こと から、さまざまな 課題を そつなく こなし、まわりの 人たち から 称賛され、信頼され、さらなる 出世を 期待されて いました。その
期待に そむき, 家庭や 職場を すてた のは、よくよくの こと。もう これ 以上 武家社会でイキを しつづけると
したら、自分は いったい なんの ために 生まれて きた のか、生きて いる ことの
意味が わからない。わかくして 亡くなった 父の ことから 考えても、いま すぐ 出家し、あらたな 世界で、安心立命できる イキの シカタを したい。そう 考えた ので しょう。
現代社会にも通じる課題
武士・僧侶・歌人
など、それぞれの 集団では、それぞれ 独自の 世界が つくられ、独自の イキ・フンイキが 生まれ、集団に 所属する 全員が 自動的に これを 呼吸して イキル
ことに なります。
西行が 生きた 時代 から、900年ほどの 時間が すぎました。その あいだに、貴族・武家
中心の 時代 から 自由平等・民主主義の 時代へ と、日本社会は すっかり さまがわり して います。しかし、西行が 直面した 課題や その 対処の 仕方 などの
中に、現代社会 でも 参考に なる 点が あると 思います。
たとえば、現代日本社会が
理想的な 社会に なって いると 考える 人は いない でしょう。日本国憲法では「健康で 文化的な 生活をする権利」が 保証されて いる はず ですが、それは
タテマエ だけ。じっさいは「ない ソデは ふれ ない」と いう こと。「貧富の 格差 拡大」、「人口 減少」、「原発 事故」、さらには「中国・韓国・アメリカ・ロシアなど
との つきあい方」などの 問題も あります。
祖国防衛の ために 自衛隊に 入隊した人や、日本の 産業振興の ために 官僚と なった 人たちが、(佐藤 義清の ように)「事、志と
ちがう」「こんな フンイキの 中で 仕事していても、イキガイが感じられない」と
辞表を 出す などの ことが おこらない ように 願って います。
マコトの コトバを さぐる コト
まだ、小説『西行』を いちおう 読みとおした 段階で、なんとか 全体の アラスジを たどる のが 精いっぱいの 状態です。北面の
武士 佐藤 義清は、出家した あと、どこで・どんな イキを すい、どんな イキガイを 感ずる ことが できた のか?そのへんの ことは、このあと
くりかえし 読んで たしかめて ゆきたいと 思って います。
さらに いえば、西行は 歌人として、また
仏法の 求道者として、 コトバの 使い方に こだわり、死ぬ まぎわ まで
マコトの コトバを さぐり つづけて いた よう です。こうした 視点 から、西行作品の
コトバヅカイを 読みなおし、具体的な 用例資料を ひろってみる のも おもしろいと
考えて います。