ウシオ[海潮]の
カツラの 木(島根県雲南市)
カツラの 雄花
カツラの 果実
クスノキ科の ニッケイ[肉桂]
内山邸のガマ[蒲]
(画像は いずれも、当日 配布された 講演資料に よる)
『古事記』を 読む会の 研修会
9月6日(日)午前、茶屋町の 豊栄稲荷神社 社務所で 『古事記』を 読む会の 研修会が あり、富山大学 和漢医薬学 綜合研究所 教授 服部 征雄さんが「古事記に 見る 和薬と 香木」と 題して 講演されました。
服部さんは まず、古事記・万葉集などに 出てくる カツラ[桂・楓]と 『本草綱目啓蒙』・『神農本草経』などに
出てくる ケイ[桂] とは 別種の植物だと 指摘されました。
わが国に 自生する カツラ[桂](学名:Cercidiphyllum japonicum)は、カツラ科 カツラ族の 落葉高木。中国の ケイ[桂]は、クスノキ科、モクセイ科の 植物。漢方薬に 使われる 桂皮・桂枝・肉桂は、クスノキ科の
シナモンで ある。わが国の カツラと 同じ植物は 中国には ない。
つづいて、古事記、大国主神、稲羽の シロウサギ[素兎]の くだりの記事(「カマノハナ[蒲黄」に くるまる」、「キサガイ[𧏛](赤貝)・ウムガイ[蛤]の チシル[乳汁]を ぬる」など)を とりあげ、「古代に おける 火傷の 治療法」であり、「蒲黄は 神農本草経に 収載されている 薬物で、純粋に 和薬とは 言えないが、八世紀には
中国本草学が 日本に 知られていた 事の 証である」などと 指摘されました。
いろいろ 勉強させて いただき ありがとう ございます。先生の お話に シゲキされて、 日本語の カツラ・カマ、漢語の ケイ[桂]・ホ[蒲] などの 用語に
ついて、音韻の 面から すこし 考えて みる ことに なりました。
カツラ=カ[髪・香]の ツラ[絃・列]
植物学上の 分類は 別と して、日本語の カツラの 語音や 意味の構造に ついて 考えて みましょう。カツラは「カツ+ラ」の
構造と 解釈する ことも できますが、「カ+ツラ」の 構造と 解釈する ほうが 分かりやすい でしょう。カ[髪]ツラ[列・連]は、髪の ツラナリ。つまり、髪型・ヘアスタイルを
表わす コトバ だったと 考えられます。
しかし、古事記に 登場する カツラ[桂・楓]は「井戸の ほとりに ある ユツカツラ[湯津香木]」など、あきらかに 植物の ナマエと して 語られて います。髪型か? 植物名か?いったい どっちで しょうか?
コタエは 簡単です。まず 髪型を 意味する カツラと いう コトバが 成立し、やがて「カツラの 姿を もつ 植物」も カツラと 呼ぶ ように なったと 考えられます。
カツラ[桂]の ツは 清音ですが、髪型の カツラは カヅラ とも 呼ばれます(連濁の
現象)。また、カツラは いっぱんに 「カ[髪]の ツラ[列・連]」と 解釈されて
いますが、「カ[香]の ツラ[列・連]」と
解釈する ことも できます。カ[髪]も カ[香]も、「k-する(ヒッカク・ヒッカカル)もの」と いう点で 基本義が 共通して います。
日本在来種の カツラは、「カ[髪・香]
ツラ[列・連]」の 姿からの 命名と 思われますが、古事記に
出てくる カツラ[桂・楓]の 実態に ついては、いろいろ 問題が あります。と いうのは、古事記が もともと 学術的な 歴史書では なく、伝承に もとづく 物語的な性格を もつ 文書で あり、その 記事の すべてに 学術的な 整合性を 求める のは ムリで ムダ、そして ヤボな 話だと いう ことです。とりわけ「井戸の ほとりに ある ユツカツラ[湯津香木]」の 記事の 背景と して、中国の ケイ[桂]に かんする さまざまな伝承を とりこんで、壮大・華麗な 物語に 仕立て
ようと した 舞台うらが 見えて きます。
ケイ[桂]=カ[佳]なる木
中国語の ケイ[桂]と
いう コトバの 戸籍調べを して みましょう。『学研・漢和大字典』には、
ケイ[桂]…kueg>gui. 「木+音符ケイ[圭]」の会意兼形声文字。全体が△型に育ったよい形をしている木。カ[佳](かっこうがよい)と同系のことば。
と 解説されて います。ごらんの とおり、ケイ[桂]は k-k音 タイプの 語音で、カツラはk-t-r音
タイプの 語音。語頭の k-音だけが 共通で、あとは まったく 別々の 音形 なので、意味も 別々と いう
ことに なります。ただし、ぎゃくの 見方を すれば、語頭のk-子音を 共有する 分だけ、意味の 面でも 共通の
姿を 表わすと 考える ことも できます。そういえば、どちらも「カッコイイ」姿を
表わして いる 点は 共通です。
カマ[鎌・釜・竈・蒲]と ホ[蒲]
ついでに、日本語 カマと 漢語 ホ[蒲]の 語音に ついても すこし さぐって みましょう。カマ[鎌・釜・竈・蒲]は、動詞 カム[噛・咬]の 名詞形で、「カム もの」が
共通基本義と 考えられます。個別に いえば、草や 木の 枝などに カミつく
ハモノが カマ[鎌]。食品に カミつく 姿の 容器が カマ[釜]。たき火に カミツク・カマエル 姿の 構造物が カマ・カマド[竈]、と
いう ことに なります。カマ・ガマ[蒲]に ついても、カマノハナ[蒲黄](画像参照)の 姿 から「カミつく もの」と しての 命名と 解釈でき
そうです。
漢語 ホ[蒲]に ついては、「艸+音譜 ホ[浦]」の 会意 兼 形声文字で、「水ぎわに
生える 草の 名」と 解されて います。漢字音はbuag>pu. つまり、p-kタイプの 語音ですから、k-mタイプの カマとの 対応関係は ほとんど ゼロです。しいて いえば、カマの 語頭子音と ㇹ[蒲]buagの 語尾子音が ともに k(g)音で 対応して います。その点では、この
ホ[蒲]は ホ[浦・捕・補・補]や ハク[薄・迫]など とも 共通点を もって います。たとえば、ホ[浦]は 「波風が フキよせ、水面が 陸地に ニクハク[肉薄・肉迫]する 地形」。ホ[捕]は「対象を
パクリ とらえる 姿」。ホ[補]は「布を ツギハギする姿」と いう ことに なります。
ヤマトコトバの
p-k音語と いえば、2音節動詞 だけでも ハク[吐・掃]・ハグ[剥]・ヒク[弾・引]・フク[吹・葺・振・更]・ヘグ[折・減]・ホク[祝・呪] などが あり、それぞれ p-k音
漢語との 対応関係も ある ようです。
ここまで 日本語と 漢語との
音韻対応関係 ばかり おいかけて きましたが、英語音をふくめて 比較して
みれば、さらに あらたな 発見が ある ことと 思います。