2014年3月22日土曜日

梅が 咲きました

 
カガミの 中の 時計
 
 
 
 N家の 花壇
 
 
梅が 咲いた
 
 
 
カモが 2 
 
 
富山市 日中友好協会 総会 
 
 
懇親会場  
 
 
カガミの 中の 時計      
315日。陽気が よく なって きた ことも あり、ひさしぶりで 散髪に でかけました。この お店は、年寄り夫婦と 若手夫婦4人 そろって 仕事を して おられる ので、いつ 行っても 長時間 待たされる 心配は なさそう です。4人の 中でも、年寄の おかみさんがいちばん サービス精神 旺盛で、たえま なしに いろんな 話題で 語りかけて くれます。むかし「床屋談義」という コトバが ありましたが、いまでも 散髪屋さんは 情報収集に絶好の 場所 なの かも しれません。
サービス精神と いえば、画像「カガミの中の時計」も その 1例です。散髪に 来た 客は カガミの まえの イスに すわり、エプロン みたいな 布で おおわれるので、腕時計を 見るのも ママ なりません。そこで サービス精神の出番。客の うしろに あろ 壁掛け時計を 逆まわりに セットする ことで、「カガミの中の時計」の ほうが 正常な 姿と なり、時刻を 読みとり やすいと いう わけ です(この画像では「1103分」)    
 
N家の 花壇        
317日。Nさんの おうちの 花壇には、四季 おりおりの 木や 草が よせられ、見る 人の 目を、そして 心を たのしませて くれます。ここ しばらく 冬枯れで さびしかった花壇ですが、ようやく 春らしい キ・ミドリ・ピンク などの 色が もどって きました。
 
梅が 咲きました       
この日は、絶好の 散歩 びより。いたち川の 遊歩道を 雪見橋 まで たどりついた ところに、ひっそりと ウメの木が 立って います。その 黒々と した 幹・枝の さきに、かすかに ピンク色を おびた 花が 咲いて いる ことに 気づきました。さむい 日が つづいた せいか、なんべん 見ても かたい ツボミの まま だった のですが、ことしも やっぱり 梅が 咲いて くれました。
カメラの シャッターを 切ろうと した とき、名前は 分かり ませんが、小鳥が1羽 飛んで きて、てっぺん ちかくの 枝に とまりました。
梅の 開花を 見とどけた あとは、サクラの 開花を 待つばかりです。
 
カモが 2        
雪見橋の ランカンに もたれて、下流の 景色を ながめます。両岸の 土手には、まだ 水仙の 花が 咲いて いる 姿が 見られ ません。水辺に アオサギの 姿も ありません。わずかに カモが2羽、水面に 浮かんで いる のが 見つかりました。いつもの ように 5羽 6羽と かたまって いない のが ザンネン ですが、きょうは これで ヨシ と しましょう。
 
富山市 日中友好協会 総会 
3月18日。午後 6時 から ホテル グランテラス 富山(旧名鉄ホテル)で 開催された 富山市 日中友好協会 総会に 出席しました。役員でも ない 平会員の 94歳老人が 出席する のには、ちょっとした 理由が あります。わたしは、戦後 まもなく、日本と 中国との 国交回復を めざして、富山県で はじめて 日中友好協会が 組織された とき からの 会員です。国交回復の あと、協会の 体制が 変わった のを 機会に、わたしは「役職には つかず、1会員として 協会の 運動を 見守る」ことに しました。
最近の 日中関係は「尖閣諸島」「首相の靖国参拝」などの 問題を かかえ、協会として たいへん むずかしい 時代を むかえたと いえます。しかし、すこし 客観的に 考えて みれば、異民族 同士の 友好交流が むずかしい のは、ごく アタリマエの こと です。なにもせずに ほうって おけば、すぐ ケンカに なる。戦争に なる。だから こそ、友好交流のための 運動が 必要に なる のです。ほんとうは、いま この 困難な 時期 こそ、友好協会の 出番では ないで しょうか?
 
記念講演「どうなる 中国経済」
総会の あと、つづいて 富山大学 今村弘子 教授の 記念講演が ありました。テーマは「どうなる 中国経済」。「内閣府の 世論調査(日中関係)」「『中所得國の 罠』と 中国」「出稼ぎ労働者」「少子高齢化」「世代に よる 仕事観」「過剰生産」「悪化する 環境」「社会保障」などの 問題に ついて、具体的な 数字を あげて 解説されました。
「彼を 知り 己を 知れば 百戦して 殆うからず」とは 孫子の コトバ。今村教授の 講演を 聞いて 中国の 現状に ついて 認識を 深めた 富山市 日中友好協会の みなさんは、このあと どんな 運動を 展開される でしょうか?
 
懇親会の 席で         
さいごの おたのしみは、別室で ひらかれた 懇親会でした。ここで、むかし からの 会員仲間、田添等楊さんと 同席させて いただきました。
この 懇親会の 席には、数人の 中国人留学生を 招待する のが 恒例に なって います。わたしが ムリして でも 総会に 出席したいと 思った のは、この 人たちと 会って 話をして みたかった からと いうのが ホンネかも しれません。
ころあいを 見はからって、留学生たちの いる テーブルを たずねて 話しこみ ました。富山大学 経済学部の 学生、Yang Fen[楊芬]さんが 話を 聞いて くれました。この日、わたしは「スミノエ神は MrSmithだった…日漢英s-m音語の 分析 から 」(教育・文芸とやま」第19号ヌキズリ)を 持参し、金尾会長や 田添さん など 数人の 方に おわたし しました。楊さん にも 1部 おわたし して、話題に しました。楊さんは 文学や 言語学専攻では ありませんが、しっかりした 日本語を はなし、わたしの 議論に つきあって くれました。
日本語スム[住・澄]・スミ[住・炭・墨]・シム[染・滲・占] などの s-mは、スミ[]を 使う 金属精錬技術 から 生まれた 用語で あり、漢語シン(シム)[心・沁・滲・浸]英語smallセマイ, smash粉砕する, smearシミ, smelt溶融する, smite打ちのめす, smithカヂ屋,smokeけむリ, smutスス・シミ,smutchシミをつける、などのs-m音と 共通の 音韻感覚を もって いる」と いう のが わたしの 仮説です。
イズミ仮説は 日本国内でも まだ 公認されて いない 仮説ですが、楊さんは いちおう 興味を もって くれた ようです。わたしは ついでに『現代日本語音図(日漢英共通64音図)なども 進呈して、「コトバを 習得する には、音韻感覚を 身に つける ことが たいせつ」、「第1言語を 習得できた あと、第2・第3の 言語習得を めざす ばあい、第1言語と共通する 音韻感覚の 習得に ピントを あわせ、単語家族方式で 語彙を ふやす 方法が、ムリ・ムラ・ムダの ない、もっとも 効率的な 学習方法 である」と 力説しました。
楊さんは「英語は あまり 得意で ない」と いって いましたが、第2言語と しての 日本語の 音韻感覚は バッチリ 習得できて いる よう です。ご本人が 自覚して いるか どうかは 別に して、それだけ「日本語と 中国語に 共通する 音韻感覚」が 楊さんの 大脳の中に たくわえられて いる のだと 思います。
日漢英共通の 音韻感覚の 例 と して「カツ[勝・搗](カチワル)=カツ[]cut」について 説明した とき、楊さんは おもしろがって わらって いました。ワラウ と いう ことは、ワカル もしくは ワカリスギル と いう こと です。
楊さん!年寄りの 長談義に つきあって いただいて、ありがとう ございました。           
 

2014年3月12日水曜日

大伴家持春巡行の鵜飼について

 
 
経澤さんの研究発表
 
 
仙石さんの報告 
 
 
 

日本海文化悠学会公開講座
2月28日 午後、富山市 千代田町の 割烹まる十で 日本海文化悠学会 公開講座が 開かれ、経沢信弘さんが「大伴家持の 春巡行の 鵜飼」に ついて 研究発表を されました。

経沢さんは、家持が 鵜飼を よんだ 和歌(万. 4023, 4156)に ついて、じっさいに 巡行したのは で あり、鵜飼に 適当な 時期と される とは 季節が ずれて いる こと から、「この 鵜飼は 実用的な では なく、鵜と 鮎を つかって 天候や イネの 出来高を占う 鮎占の 一種だった のでは ないか」と 解説されました。論旨が 明快で、裏づけ 資料も 豊富。なるほどと ナットク させられ ました。

 

アユの語源について
鮎の 話が 出た ついでに、アユの 語源に ついて 考えて みたいと 思います。ヤマトコトバの アユには さまざま あります。名詞では アユ[鮎・年魚・安由]アユ[安由](アユの風)。動詞では アユ[] (下二。こぼれ 落ちる)アユ[]( 下二。似る。あやかる)。語源に ついても 諸説 ある よう ですが、わたしは アユは もともと「[]を イル[]」姿と見て います。「水中を 矢の ように ユク[]魚」が アユ[]。その 姿が みんな おなじ姿に 見える から、アユ[]。「血や 汗が (矢の ように)流れ したたる」 姿も、アユ[]と いう ことに なります。

風位名と される アユの 風 も、もとは「矢を 射る ような、はげしい 風」の 意味 だった ものが、結果的に 風位名に なったと 考える べき でしょう。

アヤ[]アユム[] なども アユの 同族語と 思われます。タテ糸に ヨコ糸の 矢を 通す 織物が アヤ[]。綾織の 技術を 伝来した 人たちが、 アヤヒト[漢人] です。

アユム[]は、人が アルク 動作を「弓で 矢を 射る」姿に 見たてた コトバ。ヒザ関節を カナメに、足を「くの字」に くねらせて 前進する 姿は、まさに「弓で 矢を 射る」姿 です。

「アユ[鮎]は、動詞 アユ[]の 名詞用法」と 解釈する ことも できます。ハル[張・墾]ハル[]タツ[立・起]タツ[] などと おなじ 造語法 です。

漢字では [鮎・零・肖] などと 書き分けられる ので、それぞれの アユが もつ 意味の チガイが 分かって、便利と いえば 便利です。そのかわり、それだけ 意味の チガイが あり ながら、ナゼ 同音の 1語で 表わす ことに なった のか、その ナゾを とく 手がかりが 見えにくく なる という 不便さ も あります。

コトバは、時代の 流れと ともに うまれ、はやったり すたれたり します。アユ[鮎・零・肖]と いう コトバが 生まれた のは、ヤマト朝廷が 成立した 時代。ユミ[]と ヤ[]に たよって 生活する 時代でした から、コトバの 面でも ユミ[]・ヤ[]に ちなむ(アヤカル)コトバが つぎつぎ 生まれました。ヤマトコトバに かぎらず、コトバの 意味用法を たしかめる には、まず その 同族語と つきあわせ、その 語音が うまれた 時代社会の 生活環境 との 関連を つきとめる ことが 必要かと 思います。

なお、アユに あてた 漢字 ネン・デンnamnianナマズ[]で あって、アユ とは 関係 ありません。アユに あたる 漢語は [香魚xiangyu]です。

さらに いえば、ネン[] という 漢字は いわゆる「国字」(日本製の 漢字)です。ただし、ぎゃくに アユ[]「国字」とする 説も あります。どうして こんな  ややこしい ことに なった ので しょうか?

古事記』では アユを [年魚]と 表記し、『萬葉集』では [安由・年魚・鮎] などと 表記して います。漢語の 感覚 では ネン[鮎・年・念]は ほぼ 同音で、共通して「ネバリツク」姿を もって います。=藻場に ネバリつき、独り占め しよう と する。=稔=ネバリを もって きた 穀物=ミノリ。=ネバリづよく イノリ[]、唸り声を 出す。

はじめに ネン[年=稔](ネバル、ミノル)の 感覚 から[年魚]と 表記されて いた ものが、やがて ヤマト朝廷の「鉄器(スキ・クワ)に よる イネ農耕推進」戦略に あわせて []と 表記する ように なった のかも しれません。漢字 ネン[]は「魚+音符占(=粘。ネバリツク 姿)」の会意 兼 形声 モジ。ただし、この ネン[]は、[占卜・占領]センでも あります。ウラナイの セン[]は 「卜(うらなう)+囗」の 会意モジと 解釈されて いる よう ですが、ボク[]の 原義は「(ウラナウ ため、牛骨・亀甲 などに)ポクッと アナを あける=矢を 射こむ 姿」と 解釈する ことも できます。

ヤマトコトバの ウラナウも「ウラ[浦・裏]+ナウ」の 構造で、「矢を 射こみ、アナを あける」が 原義です から、やがて アユの 姿 にも 通じます。

 

仙石さんの 報告
経沢さんの 研究発表に さきだって仙石正三さんが「牛首と 牛ヶ首の 間」という テーマで 報告され ましたが、時間の つごうで(?)、質疑応答も ない まま 退席されました。この テーマに ついては、「日文悠 ニュース」でも 予告されて おり、この日「牛ヶ首用水の 由来 伝承」に ついて 討論される ことを 期待して いた ので、ザンネンです。いつか あらためて とりあげて いただきたいと 願って います。

 

「古事記を 読む 会」の こと
2月28、悠学会の 席で、会員の 中から「古事記を 読む 会」発足に ついて 案内が ありました。「古事記を はじめ から 最後 まで 読んで みたい!」そんな 仲間の 思い から スタートした との こと です。

4月6日() から 毎月 第1日曜日 午前、豊栄稲荷神社 社務所で 開催(8月、1月を 除く)。テキストは、『古事記』(小学館、新編日本古典文学全集1)を 予定。ただし、音読する 部分を 毎回 コピーして おく ので、いそいで 購入する 必要は ない との こと。
『古事記』を 音読する と いうのが 気に いりました。どんな 人たちが 集まるか?どこまで 真実を よみとれるか? 21世紀を 生きる ために、『古事記』から どんな 教訓を 学び とれるか?わたし 自身、はたして 毎回 参加できるか どうか、体調に あまり 自信が もてない のですが、まずは 4月6日の 会合を 楽しみに して います。

2014年2月28日金曜日

春遠からじ

 
アオサギ君 (2/2)
 
 
遊歩道の雪 (2/5) 
 
 
雪見橋の雪 (2/7) 
 
 
アオサギ君 (2/14) 
 
 
カモ一家 (2/19)  
 
 
雪見橋下流 (2/19) 
 
 
 

おかげさまで 無事 94歳
2月25日。おかげさまで 無事 94歳の 誕生日を むかえる ことが できました。

60歳で ワープロ、80歳で パソコンを ならい はじめ、90歳で ようやく ブログをはじめました。2010年8月、日記がわりに はじめた ブログ「いたち川散歩」のサブタイトルが「行雲流水・イタチ・イデタチ・starting」。本人としては 精いっぱい シャレた つもりですが、この シャレ、読者の みなさんに うまく 通じるか どうか、いつも 気になって います。

同年10月に たちあげた ブログ「七ころび、八おき」の サブタイトルは 「わたしの リレキ書。イキザマ 90年の 記録」。2011年10月に、いちおう 完結しました。

 

日漢英共通の 音韻感覚を さぐる
2011年11月、3番目の ブログ「コトダマの世界」(サブタイトル「コトバと いう 名の トビ道具」)を たちあげました。わたしは 中国語が 専攻ですが、この 数十年来 ずっと 日本語と 漢語と 英語の 音韻比較を つづけて います。「日漢英共通の 音韻感覚が ある」という 仮説を 立て、その 裏づけ資料を あつめて います。コトバの 化石を 発掘する みたいな 作業です。その 作業経過を リアルタイムで 報告する のが 目的で、この ブログを はじめました。しかし、いままでの ところ、わたしの 思いが まだ 読者の みなさんに うまく とどいて いない 感じです。

おかげさまで、ブログ「いたち川散歩」の ほうは なんにんかの 読者が おられる ようです。「七ころび、八おき」の ほうも、完結して 2年に なりますが、ときおり 検索して くださる 方が おられます。それに くらべて「コトダマの世界」を のぞいて くださる 方は めったに いません。だれも 関心を もって いない テーマを とりあげて、わたしが ひとりで もりあがって いると いう こと かも しれません。

わたしの ブログが みなさんに よんで いただけるか どうか、そんな ことは ホントは どうでも よい のです。ただし、この テーマ「日漢英共通の 音韻感覚」に ついて、とりわけ 日本語・外国語の 研究者・教師たちが 関心を もたないと したら、それこそが 大問題だと思います。

いま ここで、くわしい 話を する よゆうは ありませんが、「日漢英共通の 音韻感覚」を身に つけて、世界中の 人たちと 自由に 話しあえる ように ならなければ、21世紀の競争社会を 生きぬく ことが できないと 考えられる から です。

 

ホンモノは つよい            
ことしに はいって から、いろいろな ニュースが とびこんで きました。中でも 「富山第一高校 サッカー部 全国大会 優勝」の ニュースは、富山県の 人たちに 自信や 勇気をあたえる もの でした。また、理化学研究所の 小保方晴子さんが 「STAP細胞」作製に 成功した との ニュースは、日本中の 人たちに とって ほこらしい もの でした。そして、こうした 成功物語の カゲに たくさんの 失敗が あり、その なかで「七ころび、八おき」「不撓不屈」の 根性が きたえられて いた ことも わかって きました。

ひきつづいて、ソチ・オリンピックで 日本選手団活躍の ニュース。金メダルを とった 羽生選手の 演技も みごと でしたが、メダルに 手が とどかなかった 浅田真央選手の「演技」が いちばん 感動的だった と 思います。森元総理の 発言に ついて「たぶん 森さんが 少し 後悔されて いるのでは」と 切りかえした あたり、「勝負あった!」の感じです。

やっぱり、ホンモノは つよい!

 

アオサギ君 とカモ一家
「冬来たりなば、春遠からじ」

エアコンも つけ、コタツに はいり ながら、テレビを 見ている ことが おおい 毎日です。体調が よく、気分が 向けば、散歩に でます。

いたち川べりの 雪景色は、白と 黒、ほぼ 水墨画の 世界 です。雪見橋の ギボシ[擬宝珠]が 雪を かぶって いる 姿や、遊歩道の サクラの 古木に 新雪が つもって いる 姿など、たしかに オモシロイと 思います。しかし、それも 2~3日の 話。毎日毎日 白と黒 だけでは さびしくて タイクツ。もう すこし あったか そうな 色は ない ものか?水の 流れの ほかに、なにか 動く 姿は ないか?そんな 気持ちに なったり します。

雪見橋通りは 幹線道路 です から、朝から マイカーや トラックが 通行して にぎやか です。しかし、この 時季、この 時間帯に いたち川の 遊歩道を 散策する 人の 姿は、ほとんど 見あたり ません。

むかしは、道路の あちこちで 雪ダルマ とか、ちいさな スロープ とかを 見かけ ました。この冬は、いっぺんも 見た ことが ありません。少子化の せい でしょうか?

そんな 思いで 散歩して いる わたしの オタノシミは、いたち川の 住人 アオサギ君カモ一家に 会う(?)こと です。

アオサギ君(オスか メスか わかりません)は、いつも 1羽 だけ。岸の コンクリートのところ、あるいは 浅瀬に 立って、いつまでも じっと 水面を 見つめて います。ケータイの シャッター音が 気になる ほど 静寂な 場面 です。

アオサギ君には めったに 会えませんが、カモ一家には しょっちゅう 出会います。アオサギ君の 孤独な 姿と カモ一家の にぎやかな 姿。どっちも すきです。

 

立山の おかげ
この 冬は、富山でも 大雪に なりそうだと 心配されて いましたが、じっさいは 予想外の 展開と なりました。もちろん 雪は つもり ましたが、市街地は 融雪装置も あり、幹線道路は いちはやく 除雪車が 出動する など して いますので、市民の 生活に 不便をもたらす ことには なって いません。

東京や 山梨県 など では、記録的な 大雪の ため、道路が 通行できなく なったり、農業用の ハウスが たおれたり、たいへんな 被害を うけた ようです。「富山県も さぞかし 大損害を うけたに ちがいない」と いう ことで、千葉県や 福岡県の 知人 から お見舞いの 電話を いただき、恐縮しました。

備え あれば、憂い なし」と いう コトバが あります。もともと 雪国で、さんざん 苦労して きた 経験 から、自治体も 住民も 万全の 構えで 雪に 備えて います。もう あと 数日で 3月に はいる わけ ですが、道路上の 積雪は ほぼ ゼロ です。まだ 安心はできませんが、「これで なんとか 無事に この冬を のりこせ そうだ」と 感じて います。

それに つけても、この 数年 くりかえし 感じて いる ことが あります。富山県は もともと 自然災害の おおい 土地がら です。台風に ともなう 洪水や 土砂くずれ、大雪に よる 交通の みだれや 人身事故 など、くりかえし おおきな 損害を うけて きました。

しかし、昨年の 台風や この冬の 積雪 などを みる かぎり、大損害を 覚悟して いた わりには、じっさいの 損害は かなり すくなくて すんだ ようです。ありがたい こと です。

大損害に いたらなかった のは、事前の 準備態勢が できて いた から という ことも ある でしょう。それと もう 一つ、「これも やっぱり 立山の おかげ」と いう のが わたしの 感想 です。シロウトの わたしの コトバに、なんの 権威も ありませんが…
台風や 雪雲 などの 気流が 日本列島に さしかかる とき、標高 3000メートル クラスの 立山連峰と ぶつかって、その 流れに 微妙な 変化が うまれます。その 結果 しだいで、富山県下への 災害の 規模が きまる、という 論法 です。この ところ 台風や 大雪に よる 災害が すくなく おさまって いる のは、「立山の おかげ」、「立山大権現 さまの ご利益」という わけ です。

2014年2月15日土曜日

デンチュウで ござる

 
 
新電柱 参上 
 
 
「電柱工事中」の 掲示
 
 
 
 
新信号機 仕事 はじめ
 
 
 
配電線 きりかえ 工事中 
 
 
 もとの 電柱は 丸坊主
 
 
 

デンチュウで ござる
むかしは たしか デンシン バシラ [電信柱]と いって いましたが、いまは もっぱら デンチュウ[電柱]の ようです。とにかく いそがしい 時代です から、デンシン バシラ など、長ったらしい コトバを つかって いる ヒマは ない のかも しれません。

デンチュウの ほうが 簡単で 便利だ と いわれれば、ナルホド とも 思います。しかし、わたし などは つい「殿中で ござる」と いう セリフを 連想して しまいます。

120、砂町 交差点で 発生した「大型トラック 電柱に 激突」事故現場を 見た とき、わたしは ほんとうに そう 思いました。125日の ブログ でも とりあげましたが、ここは 交通量の おおい 幹線道路の 交差点。電柱の すぐ ワキに、商店や 住宅が 密集して います。もし この 電柱が たおれたら、まちがいなく 大惨事と なる ところ でした。

クルマの 運転手は 「一国一城の主。トノサマ」。道路は 公共の 場所。運転手に とって「職務執行中の 場所」。「殿中と おなじ 神聖な 職場」です。トノサマは 家臣や 領民のことを 考え、上司・同僚 たち との アツレキで「乱心」状態に ならない よう、気をつけなければ なりません。運転手も、まわりの クルマの 様子や 道路の 様子に 気を くばり、安全運転を 心がけ なければ なりません。

もし わたしが 電柱 だったら、大型トラックに 衝突された とき、こう さけんだ かも しれません。「殿、ご乱心 めさるな!デンチュウ[電柱・殿中]で ござる!

 

なぜか、報道ゼロ
これは たいへんな 交通事故 です。きっと 新聞・テレビ でも 報道されるに ちがいありません。わたしは そう 考えて いました。ところが、じっさいは 報道 ゼロ でした。なぜ 報道ゼロ なのか?いまでも フシギです。いろいろな 配慮が あっての こと かも しれませんが、電力会社 から、もしくは 警察 から、近所の 住民たちに たいして、なにかひとこと 報告 とか 説明が あった と いう 話も きこえて きません。こう なると、交通事故 そのもの だけ でなく、事故処理の 方法に ついて まで 心配に なって きます。「事故」から「事件」が うまれ そうな 感じです。

 

新電柱 参上
130日。もとの 電柱の 北より 数メートルの ところに、あたらしい 電柱が たって いました。まわりの 電柱に くらべて 一段と 高く、見るからに たのもしい 感じが します。

 

「電柱工事中」の 掲示
22日。まだ 丸坊主の 新電柱に 「工事中」の 掲示が はりつけて ある ことに 気がつき ました。「電柱工事中。舗装工事(地盤の 安定)待ち です」と 説明した うえ、「問い合わせ先」の 電話番号 まで 書いて ありました。

わたしなど シロウトは、「あたらしい 電柱を たてたら、1日も はやく 信号機や 配線工事も すべき では ないか」と 考えがち ですが、「舗装工事(地盤の安定)待ちです」と説明されると、ナルホドと 思います。

しかし、一方で これだけ ていねいな 説明を して いながら、事故に まきこまれた 電柱には、なんの 掲示も ない と いう のが フシギ です。クルマに 衝突されて 内部の 鉄筋を さらけだして いた 部分に 黄色の シートを まきつけて メカクシした だけ。地上 1メートル ほどで 折れ曲がった 電柱が、道路を 横断する 姿で たおれ かかって います。いま すぐに でもドタッと たおれ そうな 電柱が どうやら もちこたえて いる のは、電柱の トンボ先 から 四方へ はりめぐらせた 配電線に よる バランス効果 でしょうか?いずれに しても、だれが 見ても、異常事態・緊急事態だ と 思います。

「舗装工事(地盤の安定)待ちです」と 掲示する まえに、「もとの 電柱の 足腰に シートを 巻きつけて あるのは ナゼか」、「電柱が たおれ かかって いる のは ナゼか」、「このままで 安全 と 断言 できるか」などの 点に ついて、報告・説明して ほしかった と 思います。ざんねんです。

 

新信号機仕事はじめ
25日。砂町交差点の 信号機が もとの 電柱から あたらしい 電柱に 移設されて いました。

これで いよいよ 新信号機の 仕事はじめ です。おめでとう! そして、がんばって ください!

 

配電線きりかえ工事中
26日。クレーン車()も 出動して、配電線の きりかえ 工事が はじまりました。

 

もとの電柱は丸坊主
27日。配電線が すべて 新電柱に つけかえられ、もとの 電柱は 丸坊主に なりました。あとは 無事安全に 撤去される 日を まつ だけ。勤続ン十年、おつかれさま でした。