2018年7月15日日曜日

ワタからwaterにワタル話など



『古事記』を読む会 7/1



 音を聞く会 7/4


かざはな(尺八と筝)演奏会 7/5 


出張販売 7/12  




『古事記』を読む会

71日(日)。午前10時から茶屋町豊栄稲荷神社で、『古事記』を読む会の研修会が開かれ、考古学者藤田富士夫さんが「黄泉の国」と題してて講義されました。『古事記』を読むばあい、考古学の基礎的な知識や情報・資料がほしくなります。貴重な学習チャンスを与えていただきました。ただし、ザンネンながら98歳老人の頭では、せっかく教えていただいても、すぐには理解できず、分かったつもりで、その視点から『古事記』を読みなおそうとしても、なかなかうまくゆかないのが現状です。

 たとえば、イザナキ・イザナミの物語や三輪山伝説などの記事が古墳時代3世紀中ごろ~7世紀ごろ)の作品だとわかれば、古墳時代の考古資料にあわせてチェックすることで、その記事の背景となった「歴史の真実」が見えてくるはず。そう考えて、ボチボチやってきました。そのうちに、「歴史の真実」らしきものが少し見えてきました。それをまとめた小論の一つが「[][]ARROWの系譜(『悠学』第2,2017)です。

 これで一段落と思う間もなく、こんどは[]音グループと並行して、[]音グループが存在していたことに気づかされました。



ワ・ワタ・ワタル・WATERの系譜

 waを見なおすようになったきっかけは、三輪山伝説(記・崇神)のナゾときをはじめたことです。「ミワ[美和][三輪][三勾]」、「ミワヤマ[美和山・三輪山]」、「ミワノキミ[神君]などと表記されるワ音の正体(基本義)をさぐりたいと考えたわけです。ワ音ではじまるコトバにはワク・ワナ・ワタ・ワルなど多数ありますが、ここでキー・ワードとして「ワ[]」を設定することで、ほぼ説明できることが分かりました。

ただワタ音については、綿と腸(ハラワタ)と海水(ワタツミ)がナゼ同音なのか、説明にテマがかかりました。「いずれも、安定した体形をもたず、とらえどころがないが、容器があれば、その形にしたがう。ただし、容器にわずかでもスキがあれば、すぐにモレだし、まわり一面にシミワタルことになる」という説明でナットクしました。とりわけワタ[海水]は、固体・液体・気体と姿を変え、宇宙空間にシミワタル・シロモノです。それだけではありません。ワタツミ[海神]のワタ[海水]という語音が日本語のワクを越えて、英語のwater()にまでつながる可能性が見えてきました。念のため、英語辞典でだしかめてみると、「waterインド・ヨーロッパ語根wed-からの派生語で、wet湿った, wash洗う, winter, surroundとりかこむ, wiskeyウイスキー, vodkaウオッカなどと同系」と解説されています。

 ヤマトコトバのワタ[海水・水]・ワタル[渡]が英語wterにつながる語音だとなれば、それはやがて「日本語がインド・ヨーロッパ語と接触・交流した」ことのアカシということになるかもしれません。じっくり腰をすえてとりくむだけのネウチがあると思います。



音を聞く会 

7月4日(水)。午後、9Fで「音を聞く会」が開かれ、「歌のお姉さん」から、なつかしい歌の数々を聞かせていただきました。

1⃣ かもめの水兵さん

かもめの水兵さん 並んだ水兵さん

白い帽子 白いシャツ 白い服

波にチャップチャップ 浮かんでる



2⃣星影のワルツ

別れることはつらいけど

仕方がないんだ君のため

別れに星影のワルツをうたおう

冷たい心じゃないんだよ

冷たい心じゃないんだよ

今でも好きだ死ぬほどに

以下省略。



かざはな(尺八と筝)演奏会

75日(木)。午後、9Fかざはなkazahana演奏会が開かれ、小熊昭良さん(尺八)と高崎英里さん()の合奏で、みごとな音色を聞かせていただきました。この日の曲目は[川の流れのように]、「ゴンドラの唄」、[憧れのハワイ航路]、[上を向いて歩こう]、[桑港のチャイナタウン]、おまけに「ドラえもんのうた」、さいごは「夏のうたメドレー」として「たなばたさま」、「海」、「きらきらぼし」。フル・サービスの1時間でした。

案内用はがきから

小熊昭良日本ではマイナーな尺八ですが、なぜか諸外国では結構人気の楽器です。後継者を育成し、本家日本の尺八奏者が増えるようにと願うばかりです。

高崎英里一人でも多くの方に私のコト[]を届かせたい。日本の邦楽というジャンルを超えて、幅広く演奏していけたらと思っています。

なによりも、お二人の志の高さが伝わってきて、たくさんの元気をもらいました。そして、尺八とコト[]のコンビということから、ついつい信子の姉夫妻のことを思いだしていました。

信子のすぐ上の姉が土地数枝さん。その上の姉が小柴菊枝さんといって、華道(池坊)の師匠であり、箏も演奏できたそうです。ご主人は剣道の達人で、中学校の教師。戦前の陸軍現役時代は連隊旗手をつとめる反面、家では菊枝さんといっしょに尺八を演奏する、文武両道の達人だったとのこと。わたしは直接そうした場面を見たことがないのですが、信子はなんべんかその場に居あわせたことがあるといっていました。菊枝さんは、職業柄というか、かなり社交的なひとがらで、敗戦後大陸から引きあげてきて、失業中だったわたしが、旧制富山商業中国語教師として就職できたのも、菊枝さんが県の教育委員会へ紹介してくださったおかげでした。尺八や箏とはまったくエン[縁]がないと考えていたわたしですが、やはりどこかでつながっていたのかなと感じさせられています。



7月11日(水)。しばらくぶりで美織さんがきてくれました。実は先日もホームへ来る予定だったのが、すこし体調がよくなかったので、藤の木病院でみてもらったところ、血圧が高く(165)なっているとことが分かり、それから毎日血圧を下げる薬を飲んでいるとのことでした。

 信子が亡くなり、茂樹さんも亡くなったいま、わたしが頼りにできるのは美織さんだけです。その美織さんには、いつも元気であってほしいと願っています。



「教育・文芸とやま」原稿募集に応募

8月は、『古事記』を読む会も日本海文化悠学会も夏休みですが、あらたに「教育・文芸とやま」第24号原稿募集に応募することになりました。昨年は『コトダマの世界Ⅱ』出版のことがあったので応募できなかったのですが、それまではほとんど毎年応募していました。つい先日「都合により、第24号かぎりで発行を中止する」との案内があり、「これがラスト・チャンス。なんとかして応募してみたい」と考えるようになりました。

 応募するとなれば、テーマは「ワ[輪]の系譜」(仮題)ときまっています。ワ[輪・曲・勾・吾]・ワク[分・別・枠]・ワナ[]・ワタ[綿・腸・海水]・ワタル[]・ワル[割・破・悪]・ワラ[]・ワレ[吾・割]など、ワ音語の採集もほぼ終了しています。ただ、それらのワ音語を分析・比較する作業の中で、つぎつぎあらたな発見がある状態なので、原稿シメキリ日までにどこまで整理できるか、あまり自信がありません。完全版はあとの楽しみとして、まずは前座をつとめさせていただくつもりです。



出張販売

 712日(木)。午後、9Fで出張販売がありました。この日の品目はブドウ・ミカン・キーウイ・バナナ・おぼろ昆布、その他いろいろ。その中に「かりんとう」と「わらび餅」がならんでいたのが見つかり、なんとなくナツカシイ感じがして、買いもとめました。

 ホームへ来てからは、めったに外出することがなく、近所にコンビニなどもあることはあるのですが、これだけ暑い日がつづくと、買いものをするためにお店まで出かけようという気持がしぼんでしまいます。一つには、毎月の生活経費が銀行預金から自動的に引きおとされ、自分で計算し、自分の財布から支払うわけではないので、金銭感覚がうすれていることも事実です。こうして、たまに出張販売の場で、現金で買いものをすると、ママゴト買いものごっこをしているみたいで、新鮮な感じがします。


2018年7月5日木曜日

アジサイとサクランボの季節


日本海文化悠学会研修会 6/22



 長念寺「第一回寺[サロン」6/24


いたち川べりのアジサイ 6/25 


富退教総会     6/26 


出張販売  6/28 




日本海文化悠学会研修会

622日(金)午後、茶屋町豊栄稲荷神社日本海文化悠学会研修会がひらかれ、機関誌「悠学」第2に掲載された研究報告の補足説明などがありました。

  中世放生津「禅興律寺」の研究動向仙石正三さん。

 下記文献を紹介することによって、表題の研究動向を分かりやすく解説されました。

 <文献資料>1律宗僧・乗船、曽根禅興律寺で写経。2『新湊市史』昭和39年(1964

 3久保尚文『越中における中世信仰史の展開』1984.(以下9までありますが省略)

「おわりに」の項で、つぎのよな「留意点」をあげています。

 放生会の起源について、仏教側(禅興寺)に沿って説くものと神社(八幡社)に沿って説くものがある。殺生懺悔する八幡神と、八幡神を慰め救済する寺院の双方が不可欠なのである…そこで八幡神社に神宮寺が併存してあれば、自前で放生会ができることになると考えられる。

 *叡尊教団女性、非人、ハンセン病患者など、社会的弱者の救済に取り組んだ。今日も格差や差別の問題が指摘されており、教団はもっと研究されてもいいと思われる

  絵への軌跡佐藤芙美さん、

アトリエ砺波市別所に求めた(2005)」佐藤さんは、「タイひとり度(1993)」、「アメリカ短期留学(1996年?)」、「タイ、カンボジアを歩く2003年)」などの経歴について報告。最後に「絵への軌跡」として、感想をのべています。

  1986年、海外取材はインドに始まり、トルコ、チュニジア、ハンガリー、チェコ、台湾、中国、インドネシア、ラオス、ミャンマー、オーストリア、クロアチア…とそれぞれの国の文化・史跡を辿る。計り知れないエネルギーの史跡は、画面からはみ出し、心の中に大きな力を与えてくれる。そして、美しさと驚きの出合い…旅である。

   また、文章につづけて、見開き2ページ分をカラー印刷とし、個展(東京、2017年)で発表した作品を紹介しています。そのうち一番の大作に、チューリップや鳥などがえがかれています。わたしは絵画にかんして、まったくのオンチですが、この作品にはヒトメぼれして、『コトダマの世界Ⅱ』の表紙カバーに採用させていただいた経過があります。

  この作品に登場するチューリップをめぐって、わたしは自分勝手な物語を考えています。チューリップはユリ科の球根植物。小アジア原産ですが、ウコンノコウ[欝金香]とも呼ばれ、現代ではオランダ・日本をはじめ、世界各地で栽培・鑑賞されています。

トリ[鳥]をめぐっては、太陽を「宇宙を飛びかける鳥」と考える人たちもいます。日本でも、トブトリ[飛鳥]と書いてアスカとよんでいますが、これも「新天地を求めてタズネまわるもの」(ask>asker)の姿だと解釈することができます。

 さらにいえば、鳥はコトバをあやつるのが得意です。オウム[鸚鵡]・九官鳥などは、、飼い主が語った物語をそっくりそのままのコトバヅカイと音色で、もういちど語ることができます。この絵では、①鳥が宇宙を飛びかける姿と②鳥が大地に降り立つ姿が描き分けられています。それは、たとえば①シャカの教えが「渡り鳥」の姿を借りてインド・中国・朝鮮半島・日本へとトビカケル姿であり、②その途中で「ここが新天地」と見定め、大地に降り立ち、堂・塔を建てて布教をはじめる姿と考えることができます。



長念寺で「第一回寺サロン」

624日(日)午後、長江新町長念寺で開かれた「第一回寺サロン」に出席しました。先日「寺でお茶を飲みながら、お経の練習・頭、体の体操・カラオケなど、リラックスした雰囲気で2時間ほどすごしませんか」というご案内をいただき、「オモシロイかもしれない」と思ったからです。「対象は門信徒のほか、一般のどなたでも参加自由。お手伝い役は、住職・坊守・門信徒・婦人会のみなさまが担当」とのことでした。

 さて、かなりの期待をこめて参加した「第一回寺サロン」でしたが、わたしのあまい期待はみごとにはずれました。その第一は、この日の参加者数が、「お手伝い役」をふくめても10人たらずだったことです。「量より質が問題だ」といわれるかもしれませんが、参加者のみなさんが「楽しかった。次回もぜひ参加したい」と思われるような内容になっていたかどうか。いささか心配です。わたし自身としては、この日も自分の作品(『コトダマの世界Ⅱ』)をもちこみ、国語・外国語学習や言語観などの問題についてお話させていただいたので感謝しています。しかし、ぎゃくの見方をすれば、わたしの発言が「寺サロン」のフンイキをダメにしたかもしれません。

 このあと9月、12月にも「寺サロン」の開催が予定されているようです。せっかくのよい企画だと思いますので、着実に成長してゆけるようにと期待しています。



いたち川べりのアジサイ

625日(月)。午前中に信子の月命日のおつとめをさせていただきました。正式には27日なのですが、このさき富退教総会と日程が重なりましたので。長念寺さんにお願いして、くりあげ実施させていただきました。

午後、美織さんのクルマで砂町へゆき。用事をすませたあと、いたち川べりを散歩することにしました。そういえば、このまえ熱中症で失敗したのにこりて、自分ひとりでの散歩はひかえています。せっかくなら、いたち川と松川の合流地点まで行ってみよう。あそこなら、50㎝以上もあるがウジャウジャいるはず。ひさしぶりに、あの元気な姿を見てみたい。そう思って出かけたのですが、あいにく「工事中」のカンバンがかかっていて、ちかよれません。車から降りて、自分の足で歩くなら別ですが、そこまでの体力はありません。ザンネンですが鯉はあきらめて、いたち川べりのアジサイをながめてから帰ることにしました。とりわけ、ガクアジサイがキレイだと思いました。



富退教総会に出席

626日(火)~27日(水)、宇奈月・ホテル渓仙で開かれた富退教総会に出席しました。むかし富山市内の中学校に勤務し、県教組の組合員でもあったので、最近でもほぼ毎年、そのOBの会合=富退教総会に出席することにしています。この年齢になると、公共の電車やバスの乗り降りはかなり危険ですが、今回などは世話役の方がマイカーでホームめぐみまで迎えに来ていただけるとのことでしたので、安心して便乗させていただきました。2611時、丸の内を出発。途中、コンビニでオニギリを2個購入、会場についてから昼食として食べました。

 14時から総会15時から学習会。「知っておこう、介護のしくみ」と題して、社会福祉法人海望福祉会総合福祉長大崎雅子さんが解説されました。

 配布された日程表では、ひきつづき「意見交換会」(県教組を交えて1時間)が予定されていましたが、県教組の到着が遅れたため、それは実質的に懇親会の持ちこされました。

 ここで、ひとまず「入浴・休憩」。わたしも、しばらくぶりで宇奈月温泉の湯にひたりました。ただし、ゆっくり休憩している時間もないまま、18:30から「懇親会」。

 出席者の中で、わたしがいちばんの年長者だということから、「懇親会」の場では、県教組執行委員長のとなりに座らせていただきました。おかげで、わたしは席を立つまでもなく、自分の思いを委員長に聞いていただくことができました。その「思い」とは;

 最近、小中学校の先生たちがやたら忙しい反面、教科の学習指導改善のための時間がとぼしくなっていることが、マスコミでもしばしば報道されています。話題を国語と外国語の学習指導にしぼって考えてみましょう。このさき人口減少の時代をむかえる日本民族の実態を前提に、「21世紀の競争社会で、日本民族が生きのこれるよう、必要かつ十分な学力を身につけさせる」ことが要求さえているわけです。学校教育の現場が、その要求にこたえられる態勢になっていれば安心できますが、だれが見ても準備できていないようです。具体的な例として、文科省が示す「学習指導要領」について考えてみます。カンバンは「学習指導要領」となっていますが、その中身を見ると、「学習到達目標」は設定されていますが、教師が「どんな要領で指導するか」、生徒が「どんな要領で学習活動をすすめるか」、具体的な「要領>が示されていません。

 国語(母語)であろうが、外国語であろうが、コトバの基本はハナシコトバ(音声言語)であり、コトバを習得するにはなによりまず「音韻感覚を身につける」ことが基本です。文科省の「学習指導要領」が当てにならないとすれば、あとは現場の教師たちが自分たちの手で「学習指導要領」を作ってゆくしかありません。そこは、毎日直接生徒たちと接している教師たちの強み。テマもヒマもかかりますげ、ムダがなく、効率のよい「学習指導要領」をつくることができるにちがいないと思います。

 いまどき、日本全国どこの大学でも、「日本語と外国語との比較研究(語法・文法)」は花ざかりですが、「音韻面からの比較研究」はほとんどゼロの状態です。きわめてイビツな現象ですが、それをイビツと気づいていません。日本人の「音韻感覚」や「言語観」は、「世界史の流れ」の中で、かなり危険な状態になっていると考えられます

 どこまで理解していただけたか分かりませんが、県教組執行部の方に自分の思いを伝えたくて、この総会に出席したというのがホンネですから、これだけしゃべったら、すっきりしました。また、この日のために『コトダマの世界Ⅱ』を5部かついできましたが、それも「読んでもらえそうな方」へ贈呈することができました。

 わかいころとちがって、こちらから足をはこんで、酒をついでまわるだけの元気はありませんが、こんどはぎゃくに、98歳老人に敬意を表して、酒をついでくださる方もおられ、ありがたくちょうだいしました。ふだんホームの生活では、お酒を飲みたいと思ったこともありませんが、こうした仲間同士の会食となると、ついつい食欲がすすみ、を飲んで「うまい!」と感じるようになります。ふだんの2倍ほど食べた気がします。ビールもコップで5杯以上いただきました。

 たらふく飲んだり食べたりしたので、そのあとどうなるか、すこし心配でしたが、夜中にトイレのため目をさましたのは2だけでした。ふだんは34回なのが、ぎゃくにへったというのはフシギです。

 27日(水)。朝食後、解散。帰りも、ホームめぐみまで送っていただきました。退教協のみなさま、お世話になりました。



出張販売

628日(木)。午後、9Fで「出張販売」がありました。今回の品目は、バナナ・ブドウ・サクランボ・しょうが飴など。わたしはサクランボの色にひかれて1箱(700円)買いました。部屋にかえって、サクランボの色を見つめ、一粒一粒ジックリかみしめながら、こどものころを思いだしていました。

 あのころも、サクランボはありましたが、それはめったに味わうことのできない「高級なくだもの」でした。それが品種改良で、こんなに大粒でおいしく、しかも手ごろな値段でかえるようになった。「これは自由競争時代のおかげか」と感心したりしていました。

<追記>

 ちょうどサクランボが出まわる季節になったからでしょうか、あくる日美織さんからも1箱もらいました。そしてつぎの日、こんどはUszmさん(中国語学習の古い仲間)からいただいたオミヤゲにも、サクランボがはいっていました。たてつづけにこんなにたくさんのサクランボを食べたのははじめてです。ごちそうさま。

2018年6月27日水曜日

記念講演:「神岡での研究」など 


記念講演:「神岡での研究」6/16


サラリーマン川柳コンクール展    6/16 


脱水対策の勉強会 6/19 


三味線を聞く会  6/20 




臨時理容室で髪をカット

615日(金)午後、6Fで臨時理美容室開設。「髪や・金沢支部」(南砺市福光)から2名の女性理美容室師さんが毎月出張してこられ、ホームのみなさんが利用しておられます。わたしはカットだけしてもらいました。髪型の注文を聞かれ、「適当に」と答えたところ、坊主頭にちかい姿になってゆくことがカガミを見ていて分かりました。内心、「あれっ?」とも思いましたが、このさき「あつい夏日」がつづきますので、このほうがすこしでも「若くて、元気そう」に見えるかもしれない。そう考えて、ナットクしました。



講演会:「神岡での研究」

616日(土)、午後、富山国際会議場メインホールで冨山健教育会創立130周年を記念した講演会があり、東京大学宇宙線研究書所梶田隆章所長が「神岡での研究」と題して講演されました。わたし自身は、むかし中学校理科の時間に「分子・原子・電子」などの名前を教えられた程度の知識しかありません。せっかくスライドを使って「原子核・陽子・中性子・ニュートリノ・重力波」などについて解説していただきましたが、わたしの頭で理解できる限界をこえていました。おはずかしい話です。

理論的に、まともに理解することはできませんでしたが、それでもこの講演会に出席したことはムダでなかったと思っています。理屈は別として、講師梶田さんの人間性みたいなものを感じとることができたからです。

配布された「講演要旨」に、つぎのように書かれています。

 神岡でのニュートリノの研究が始まって既に30年以上が経ちます。この間の神岡での研究について振り返り、今後の展開を考えていきます。。また、近年進めている重力波の観測に向けた研究についても触れたいと思います。

全体を通して、現在の基礎科学研究の一端を紹介し、学校教育の今後を考えるうえで、何かヒントになる材料を提供できればと考えています。

物理学・文学・言語学など専門分野の区別をこえて、学問研究者としてののセナカ[背中]を見せていただいた感じです。うろおぼえの用語で表現すれば、「ある種のニュートリノが体内を通過した」みたいな感覚です。

なお、入場するまえ、会場受付の方に、『コトダマの世界Ⅱ1冊を富山県教育会へ寄贈させていただきたいと申しこみ、受理していただきました、。もともと自分の足で県教育会をおたずねして、寄贈の手続きをする予定にしていたのですが、いまの体調ではそれができません。失礼な点は、おわび申しあげます。



サラリーマン川柳コンクール展

この日、会議場1Fで、「サラリーマン川柳コンクール」の入選作品が展示されていたので、ついでにのぞいて見ました。、富山国際会議場主催、第一生命(株)協力。

  スポーツジム 車で行って チャリをこぐ

  「ちがうだろ」妻がいうなら そうだろう

  ノーメーク 会社入れぬ 顔認証

  効率化 進めて気づく 俺が無駄

  電子化に ついて行けず 紙対応

  父からは ライン見たかと 電話来る…(以下省略)

 現役をはなれて数十年のわたしとしては、たまにこうした作品とジックリつきあってみりのもよい「アタマの体操」になると思います。

入選作100点のなかで、わたしがいちばん共感でき、またさらに深く考えさせられたの

が、第4位とされる「効率化 進めて気づく 俺が無駄」という作品です。



言語習得の効率化とムダ

 ここで、しばらく話が脱線することをおゆるしください。わたしがとりあげたいのは、いま日本の小・中・高校で実施されている日本語・外国語の学習指導法が「どれだけ効率化され、どれだけムダをはぶいているか」という問題です。

文科省の「学習指導要領」の中には、「言語教育のムダをはぶき、効率化する」ための具体的な方法が示されていないようです。その点から見て、現行の「指導要領」それ自体がムダではないか、という問題がでてきます。まじめに効率化を考えれば、「オレがムダ」と気づくのが当然。もし気づかないとすれば、それこそ「まじめに効率化を考えていない」証拠だと思います。具体的に、言語学習指導の実態を観察してみましょう。

 日本語学習にかんしていえば、ふつう「国語」と呼ばれ、とりわけ小・中学校の段階では、「コトバの学習」というカンバンをかかげながら、じっさいは「漢字のヨミカキ練習」、つまり「モジの学習」に追われているだけです。小中学校の国語学習指導要領には、「コトバとはナニか?」、「日本語はどんな音韻感覚のコトバか?」など、生徒たちの自発的な言語活動をうながす場面の設定が示されていないようですから、学校の先生や生徒たちが、「オレがムダ」と気がつかないのもアタリマエなのかもしれません。

 英語など外国語学習の実態はどうなっているでしょうか?これまで、小学校でも、国語の時間にローマ字を学習することになっていますが、じっさいはきわめて不十分。中学校でもういちど基本から学習しなおすことになります、ここにもおおきなムダがあります。

 言語学習の基本は、その言語の音韻感覚を習得することであり、日本語と英語ではそれぞれ独特の音韻感覚になっていることは事実ですが、その反面、おなじく人類語の一つとして、共通の感覚をもっていることも事実です。生徒が母語として日本語を習得する過程で身につけた音韻感覚のうち、英語と共通する部分についてはそのまま通用させ、相違する部分、日本人がニガテとする語音に重点をおいて練習することによって、効率化することができるわけです。このことは、日本人が第一外国語として英語を習得したあと、さらに第二外国語として中国語などを習得しようとする場合、さらにいっそうの効率化が期待できることを示しています。ただし、そのためには、国語学習と外国語学習ともども、「コトバは音声言語が基本。モジはコトバを記録するための道具」という言語観が一貫していなければなりません。

ここで、もう一つちがった視点から、この問題を考えてみましょう。そもそも日本語とはどんな言語かという問題です。いま「ムダをはぶいて、効率化」が求められているのは、現代日本語についてであり、『古事記』『萬葉集』時代の日本語についてではありません。

『古事記』『萬葉集』時代の日本語は、ほとんどすべてヤマトコトバだけで構成され、漢語などの外来語はほんのわずかでした。それにくらべて、21世紀の現代日本語は、ヤマトコトバの音韻感覚を中心におきながら、漢語・英語など大量の外来語をとりこむことによって、ゆたかな語彙体系をもつ言語になっています。「ゆたかな語彙体系」という点でではすばらしいことですが、そのために「おおきなムジュン」をかかえこんでしまい、どうしたらよいか、こまっています。たとえば、同音異義の漢語が多すぎること。コウエン[講演・香煙・公園・公演・後援・好演・高遠]など、漢語の世界ではそれぞれちがった音形なので区別して聞きとれますが、日本漢字音ではすべて同一の音形コウエンとなり、耳で聞いただけでは区別がつきません。同音異義のコトバは、コトバの伝達回路の途中で脱線や衝突などの事故をおこす恐れがあり、公式のコトバとしては失格とすべきです。漢字の正確な字形をおぼえていないでも、機械がかってに漢字に転換してくれるので便利だとおもっていたら、転換ミスで同音異語に転換され、ミスにきづかれないまま、文書として送達される、という事故が多発しています。漢字という表意モジにたよっているかぎり、この種の事故をなくすることはむつかいいようです。

 ここまで来ると、「効率化」どころのさわぎではありません。ここで「オレがムダ」と気づかないようなら、あとはレッドカードを切るほかないでしょう。

 現代日本語のなかに、これだけ大量の外来語をかかえこんだ以上、いわゆるヤマトコトバの音韻感覚を習得するだけで、現代日本語の音韻感覚を習得できる道理がありません。ヤマトコトバだけでなく、外来語それぞれの音韻感覚についても、「どの点で、日本語の感覚とちがうか」など、ひととおりわかってからでないと、現代日本語をマスターできるわけがありません。ところが、「学習指導要領」にその「要領」が示されていない。「オレがムダ」の見本みたいなものになっています。



脱水対策の勉強会

619日(火)午後、9Fで「脱水対策の勉強会」が開かれました。講師として、大塚製薬工場の方が見えられ、「夏の熱中症対策」、「熱中症予防のための体調チェック」などについて解説されました。「脱水症状の発見方法」なども、よい勉強になりました。熱中症については、先月なかばの一件でこりこりごりなので、よくよく気をつけて、無事この夏をすごしたいと考えています。



三味線を聞く会

 620日(水)。午後、9Fで「三味線を聞く会」。今回はお一人で登場。沖縄民謡「安里屋ゆんた」、「」からはじまって、東北の民謡や北海道の「ソーラン節」、最後は富山の「こきりこ節」、「八尾おわら節」まで、「三味線の音」をじっくり楽しませていただきました。   

あとでネットでしらべてみると、三味線の皮としてヘビ・ネコ・イヌなどの皮が使用されており、動物愛護運動の人たちから「ネコのイノチをうばわないで」と抗議の声が上がっているとのことでした。ナルホドとも思いますが、むつかしい問題です。「ネコはダメ」というなら、「イヌやヘビもダメ」といわなければ、話のスジミチがとおりません。「イノチをうばう」という点では、「精進料理」なども「植物のイノチをうばう」点で同類です。この問題を解決するには、なによりまず「自分ひとりの力では生きてゆけない。まわりのイキモノのイノチをいただく、そのおかげで生きてゆける。つまり、生かされているだけ」という「真実」を自覚することが基本課題だと考えていますが、どうでしょうか?


2018年6月10日日曜日

まつりの季節



幻想;竜宮城(!?) 5/28


こども神輿 5/28 


山王さんの獅子 5/31 


おはらい 5/31 



 おまつりのご膳 6/1


『古事記』を読む会  6/3  




幻想;竜宮城(!?)
 528日(月)午前、郵便局まで行ったついでに、諏訪神社境内をうろついてみました。ここにはちょっとした泉水があり、コイカメに会うことができます。ガマのしげみもあって、秋になれば、あのガマの穂の色を楽しむこともできます。ただし、もともと神社の庭園としてではなく、防火用水として設計されたということで、やたら四角四面の感じで。なんともフゼイがありません。カメラを向けると、駐車場のクルマやビルの姿が映りこんでしまい、こっちのイメージどおりの絵になりません。それでも、水面に浮かんできたヒゴイの姿にひかれて、シャッターを押しました。
 境内の一画に、こども神輿が置いてあったので、それもカメラにおさめました。前日、諏訪神社の祭礼があり、ホームめぐみのまえをワッショイ・ワッショイ引いていった、あのこども神輿にまちがいありません。どうもオツカレサマでした。ゆっくりオヤスミください。
さて、ホームへもどってから、あらためてスマホの写真を開いてながめました。ヒゴイのかわいらしい姿の背景に、対岸のビルがさかさまに映りこむなど、まったく予想外の映像になっていました。「どうして、こうなるの?」しばらく考えこんでしまいました。。
 そのあと、「視点が変われば、映像も変わるのは当然。この映像を21世紀版『竜宮城』の映像と見てはどうか」と考えることにしました。幻想はあくまで幻想にとどまり、現実ではありません。しかし、幻想にはそれなりの役割や効果があることも現実です。たとえば、オリンピックで金メダルをとれる選手は1名だけというのが「現実」ですが、「金メダルを夢見る(幻想する)」ことが、大多数の選手に、きびしいトレーニングを「耐えぬく力をあたえる」というのも現実です。

山王さんの獅子
531日(木〕。山王神社のおまつりで、めぐみのビルに獅子が来られるとのことで、入居奢たちも多数出席しました。まず,1F玄関に祭壇がおかれ、お米やお神酒などが並べられます。赤と黒二組の獅子がそろったところで獅子おどりがはじまり、参会者ひとりひとりの頭をかんでまわります。これで、この先1年間、無事息災で過ごせるとのこと。
  獅子おどりのあと神主さんが登場、参会者一同頭をさげ、おはらいを受けます。さいごに、祭壇に供えられたお神酒やお米などが献上され、儀式がおわります。
考えてみると、獅子おどりおはらいを、これだけじっくりと観察できたのは、はじめてです。山王さんのお獅子が赤と黒、二組そろっていることに気づいたのも初めてですが、よくみると、踊り手たちの衣装も舞子全体の衣装も、すっかり現代風になっていることが分かり、ビックリしました。ご覧の写真は、赤組の獅子がビル玄関に到着し、黒組の獅子をまっている場面ですが、わたしの感覚では、ついついモダン・バレーのダンサーを連想してしまいました。
 おまつりの儀礼には、むかしからの伝統・様式を忠実にまもるという一面があります。同時にまた、古くなったイノチをひきつぐものとして、新たなイノチを育てようとする一面もあります。時代の変化をこえて、おまつりを盛りあげてゆくには、まずわかい人たちの「イノチの共感」を集めることが要求されるようです。

自己流のテアテ法
6月1日(日)。夜中にトイレのため目をさましたのは2回だけでした。トイレのためといいましたが、じっさいは左右とも足のツマサキしびれて、その痛さで目を覚まし、ついでにトイレをすませるというべきかもしれません。一晩に3回以上、そうなります。外科でも見ていただきましたが、「レントゲン検査の結果も、異状なし」といわれました。それから数カ月たちましたが、痛みはつづいています。ここまで来ると、自分でテアテ法を考えるほかありません。
そこで気がつきました。わかくて健康なころは、毎日3,000くらいは歩いていたかと思います。いま、ホームでの生活を観察してみると、1日当たり数百歩どまりになっているでしょうか。歩くときは、全体重を左右の足で支えることになります。さらには、立つ・すわる・はしる・横を向くなどの場合、足のツマサキ最大の負担がかかることになります。そのことを考えれば、「夜中に足のツマサキがしびれる・痛む」そのこと自体、「足のツマサキの生理を無視し、毎日数千歩歩行の習慣をさぼった」ことへの天罰だということになりそうです。
足ふみをする、ツマサキをマッサージするなど、ほんのわずかなことしか思いつきませんが、結果として「ツマサキのシビレ・イタミ」がすこしでもおさまってくれればありがたいです。

おまつりのご膳
この日は日枝神社・山王さんのおまつりということで、ホームの昼食もご覧のとおり「おまつりのご膳」仕立てとなりました。赤飯・すまし汁・てんぷら・ごまあえ・べっこう。それに竹林堂の「ついたち・まんじゅう」までそろっています。。
 砂町に住んでいたころ、正月と夏祭りだけは二人そろって山王さんへお参りしていました。菓子屋の娘として生まれ育った信子は、アルミの弁当箱をつかってベッコウをつくるのが得意で、わが家の食卓には一年中とぎれることなくベッコウが並んでいました。そしてマンジュウといえば、中央通り(砂町のとなりの町内)の「酒マンジュウ」がお気に入りでした。

『古事記』を読む会
6月3日(日)。午前10時から、茶屋町豊栄稲荷神社で、『古事記』を読む会研修会が開かれ、考古学者藤田富士夫さんが「火の神を斬る」と題して解説されました。
まずは慣例どおり、出席者全員で『古事記』上巻、「伊邪那岐命と伊邪那美命…③国生み・神生み。④伊邪那美命の死」の部分を輪読。そこに登場する神たちのナノリ意味役割など)をチェックすることから、解読作業がはじまりました
 伊邪那美命は国生みのあと、さまざまな神を生みつづけますが、さいごに火之迦具土神を生んだために「みほと炙かえて」死亡したとされています。そのとき、タグリ(嘔吐物)から生まれた神が金山毘古(毘女)神クソ[屎]から生まれた神が波邇夜須毘古(毘女)神ユマリ[尿]から生まれた神が弥都波能売神、つぎに和久産巣日神
 そのあと伊邪那美命によって斬り殺された迦具土神の死体からも、つぎつぎあらたな神(イノチ)が生まれます。頭に正鹿山津見神。胸に淤ド山津見神。腹に奥山津見神。蔭に闇山津見神。左手に志芸山津見神。右手に羽山津見神。左足に原山津見神。右足に戸山津見神。                                                                                                                                  
 このような記述の仕方から、『古事記』が書かれた当時の日本人がもっていた宇宙観・世界観・生命観などを推定するテガカリがつかめそうで、興味をひかれます。その場合、『古事記』上巻の記述は日本史の縄文時代から弥生時代にわたるものなので、どの記述がどの時代の歴史事実を反映するものなのか、整理する作業も必要になります。
 縄文時代の土偶については、早期から晩期まで、全国各地で出土しているだけでなく、身体各部がバラバラの状態で発見されることがおおいとのこと。前記カグツチ神の死体からおおぜいの山津見神が生まれたという記述とおなじ発想法によるものでしょうか?
 7月の研修会でも、藤田さんがひきつづき「黄泉の国」と題して解説してくださるそうで、楽しみにしていましたです。

体調で、一喜一憂
6月5日(火)。午後、機能訓練のとき、いつもよりややだるい感じがしました。そのあと、入浴まえの体温検査で38。あわてて、当日の入浴は中止1F内科で診察を受けたあと、アイスノンで頭を冷やし、ひたすらネル・ネムルことにしました。
6月6日(水)。おかげさまで、体温・血圧とも平常にもどりました。午後、9Fで開かれた「音を聞く会」に参加。6月はJune Brideの季節ということで、恋愛・結婚にまつわるメデタふうの曲を特集。「青い山脈。ここに幸あり。バラが咲いた。港町十三番地。柔」など。1曲ずつ、大判の歌詞カードを掲示し、歌詞について解説したうえで、出席者全員で歌います。ここは老人ホーム。「歌謡教室」ではありませんので、歌の上手下手は関係なし。なによりまず、歌を聞いたり、自分で歌ったりする気分になること。つまり気分転換が第一目標。出席全員にタンバリン・鈴などの小道具を持たせたりするのも、そのため。今回はさらに、リハビリ用機能訓練のフリツケをとりいれるなどの方法もとりいれました。ただし、その場合、自分の手足がまわりの人と衝突しないだけのスペースが必要。現状では、ちょっとムリかと思われます。
6月9日(土)。前夜10時就寝から6時起床まで、トイレのため目をさましたのは2だけ。足のツマサキのシビレ・イタミで目をさますことはありませんでした。午前中1F内科の検診では、「体重が2キロ以上増えている。フシギだ」といわれました。
 いまのわたしとしては、「体重」もさることながら、「ツマサキのシビレ・イタミが、このままおさまってくれれば…」、それがいちばんの願いです。