「教育・文芸とやま」第18号
いたち川雪景色
あしあと
赤・白・みどり
アオサギA
アオサギB
祭壇
「教育・文芸とやま」第18号
12月10日。「教育・文芸とやま」第18号ができてきました。(財法)富山県教職員厚生会が毎年1回発行している文芸誌です。わたしは第2号から応募していて、こんどは15回目になります。さっそく、18号の内容をざっとひろいよみしてみました。
編集委員長の須山盛彰さんがノンフィクション「富山県における学童疎開の記憶(その三)…食糧事情②」を発表しておられます。
むかし中学校で同僚だった桜井千鶴子さん(妻信子の女学校同期生)は、ことしも小説「白い風」を投稿しています。
随筆部門では、わたしがはじめて中学校教員になったころの同僚石田光明さんが、「教師と生徒の出会い」と題して当時の思い出を語っています。
川柳部門では、もと同僚の長沢信次さんが「熟慮して断行しない悪いくせ」など5句、木澤隆さんが「痛くない歯医者探して西東」など5句を投稿しています。
須山さんの編集後記によれば、「悩みは、現職会員の投稿がすくないこと」だそうです。作品合計98、内現職者分90、退職者分8。それだけ、いまの教育現場はユトリがなくなっているということでしょうか?いささか気になります。
ツクシとスギナ
わたしは評論部門で「ツクシとスギナ」をのせていただきました。サブタイトルを「t-音とs-音の関係を考える」としました。
この40年来、「日本語と漢語・英語の音韻比較」ひとすじにすごしてきましたので、「教育・文芸とやま」の原稿も毎回一貫したテーマ、おなじ論法で議論してきました。
本人としては、ごくアタリマエのこと、客観的合理的なことを主張しているつもりなのですが、まともに読んでくださる方はめったにいないようです。わたしの文章力がとぼしいからで、おはずかしい次第です。
そこでこんどは、タイトルを「ツクシとスギナ」としてみました。「ツクシだれの子、スギナの子」という童謡の文句からはじめて,まわり道しながらsugina, tukusiという語音そのものに関心をもってもらえるようにしたいと考えたわけです。スギナが「スギ+ナ」で、スギがs-g音グループのコトバだということに気がつけば、やがてツクシについても「ツ+クシ」か、「ツク+シ」か、「ツ+ク+シ」か、あるいは「ツク+クシ」(の略)かなど、いろいろ考えてみる楽しさも生まれてくると思います。さらには、植物のツクシ[土筆]と地名のツクシ[筑紫]がなぜ 同音なのか、枕詞シラヌヒ[不知火・白縫]とツクシ[筑紫]がどんなメカニズムでつながるのかなどの問題もあります。
「教育・文芸とやま」は、今年7月富山市に開館された高志の国文学館の同人誌コーナーでも展示、閲読されているそうです。
「ツクシとスギナ」については、このあとヌキズリをつくって、読んでいただけそうな方にさしあげる予定です。
いたち川雪景色
12月19日。いつものように雪見橋から下流の景色をながめていました。おとつい見たときは、サクラの幹や枝がやけに黒っぽくて、さむざむとした感じでした。けさは雪のおかげで、すっきり薄化粧した姿に見えました。
12月20日。雪見橋の歩道部分にわずかながら雪がつもって、わずかながら通行人のアシアトと自転車のアトがついていました。遊歩道の一画に生えている木の真っ赤な実と緑の葉が(毎日ながめていながら、ナマエも知らないで、ごめんなさい)、雪の白さと対照的でした。
カモ一家も健在でしたが、画像はこの日も不鮮明。
12月23日。散歩でいたち川の遊歩道まできたところ、すぐ目のまえ、水ぎわにアオサギがジッと立っていました。びっくりしましたが、(あわてていないフリをして)そっとシャッターをきりました。3回目のシャッターをきろうとしたとき、アオサギが飛びたちました。その姿が画像にのこっていたのはケガの功名です。
お葬式のかたち
12月16日。となりの加藤富美さんが亡くなりました。15日午前、自宅でたおれ、救急車で済生会病院に搬送され入院。16日夜、肺炎などのため、95歳の生涯を終えました。
富美さんは故加藤康正さん(信子の兄)の奥さん。子どもがいないため、長年ひとり住まい。心臓にペースメーカーをいれた身体障碍者ですが、周囲にすすめられても施設にはいろうとはしませんでした。大往生をとげたというべきかもしれません。
喪主は姪御さん。故人の意向もあり、近親者だけでの密葬ということになりました。19日午後、自宅で納棺のあと出棺。通夜と翌日午前の葬儀および七日の法事はセレモニーホールですませました。祭壇にかざられた法名には、「富美」をとりこんで「富徳美心大姉」と書かれていました。なお、祭壇の画像は伊藤広美さんの写真を使わせていただきました。
お葬式のかたちには、いろいろあるようです。事業経営者や政治家などの場合は、そのアトツギを披露するチャンスということもあって、おおぜいの人たちに参列してもらい、盛大な儀式をおこなうほうがよいかもしれません。しかし、人生いろいろ。身内だけでの密葬というカタチもあってよいと思います。
どうぞよいお年を
2012年は、いろんなことがありました。とりわけ12月はモジどおりシハス[師走]、セワシナイ季節でした。ブログのほうも、28日までの予定が29日までズレこんでしまいました。
それでもどうやら、あとは年越しそばを待つばかりとなりました。ありがたいことです。
みなさま、どうぞよいお年をおむかえください!
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