ヒガンバナA
ヒガンバナB
金沢学院大学公開講座A
金沢学院大学公開講座B
豊栄稲荷神社社務所
悠学会9月例会
9月18日(木)。お彼岸が
ちかづくと、いたち川の 土手の あちこちに ヒガンバナの 赤い色が目立って きます。毎日の 生活に おわれて アクセクして いる 人間に
「ことしも お彼岸が きましたよ」と おしえて くれます。
この日、北日本新聞の 第1面に「ヒガンバナ 鮮やか」と いう
タイトルで、いたち川べりに 咲く ヒガンバナの みごとな 写真が のって いました。わたしも 午後、石倉町・砂町・豊川町 あたりの いたち川べりを 見て まわりました。わたしの
期待が おおき すぎた せいか、ことしの ヒガンバナは あまり 元気が ない ように 見えました。もよりの 町内、どこも かしこも 高齢化が すすみ、土手の 手入れを
して いただける 人が すくなく なった ので しょうか。雑草が はびこって いて、ちょっと 影が うすい 感じ でした。
それでも、あとで 写真の 画像を 見ると、こんどは けっこう カッコ よくも 見えて きて、すこし 安心しました。
9月20日(土)。午後1時から 富山国際会議場で、金沢学院大学 文学部 公開講座が 開催されました。1時間 ずつ 三つの 講演が あった のですが、コトバ関係の 講演 二つを きかせて いただきました。
[講演1] 英語教育と
言語学の 接点を 探る…国際文化学科 講師 大滝宏一
最近は「小学校 から 英語教育を」が
現実問題と なり、小学校の 教育現場で 先生たちが この 課題を こなせる 体制に なって いるか どうかが 話題に なって います。大滝さんは 言語学者と しての
立場 から、英語学習 指導法に ついて、とりわけ 語法・文法面での効果的な指導法について、具体的な 提言を されました。
「まったく その とおりだ」と、わたしも 思います。同時に また、「それだけで すむ 問題 だろうか」という 感じも します。
21世紀を 生きぬく ため には、日本語 だけ でなく、英語(もしくは 他の 外国語)も 使いこなす ことが 必要。そんな こと ぐらい、いまは
世間の 常識です。まして 日本語・英語・言語学の 研究者や 教育関係者たちの あいだ では、数十年 まえ から「常識」だった はず です。
それが いまに およんで、「小学校 からの 英語教育」に ついて、「指導体制が 準備できて いない」(指導者 自身、まだ 効果的な 学習指導法を 習得できて いない 状況)と いわれて
います。いったい どうして こんな お粗末な ことに なった のでしょうか。
地震や 火山噴火の 時期を 予知する ことは 困難と されて いますが、「小学校 からの 英語教育」は ずっと 以前 から
議論されて いた こと です。いざ 実施 という 段階で、教育の 現場に 混乱を もたらす という ことは、国の 教育行政 当局の 責任が 問われる問題かと 思われます。
あわせて 指摘したい のは、日本語・外国語を とわず、コトバに かかわる 学者・研究者たちが この 問題に ついて、どれだけ 協力し、提言して きたか という こと です。
こんどの「小学校 からの 英語教育」には、これまでの 中学・高校 などでの 英語教育とは すこし ちがった 一面が あります。これまでの
英語学習 では、どちらかと いえば キク・ハナス 能力 よりも ヨム・カク能力に 重点を おいて いましたが、こんどは なに より まず キク・ハナス
能力に 重点を おいた 学習指導が もとめられて います。いいかえれば、耳で ききとった 英語(音声信号)を、(日本語に 翻訳せず)そのまま 大脳に 保存し、大脳内に 英語 専用 回路を つくって 運用し、また そのまま(英語の) 音声信号を 口から 発信する 能力を そだてる という こと です。
このことは、「まずは 音声言語の 習得。それを
土台にして、効果的な モジ言語の 習得が はじまる」と 考える 言語観に
立つ ことを 意味しています。その点で、日本の 学者・研究者たちは 漢字 という 便利な モジ言語との つきあいが ながく、音声言語の 研究(音韻論)は おくれて いる ようです。大滝さんの 講演でも、語法・文法の 学習指導法に ついては 提言され ましたが、英語の
音韻感覚 習得の 指導法には 言及され ません でした。
外国語学習 だけの問題では ありません。コトバ
とは なにか?コトバを 習得する とはどんな ことか?コトバと モジとは どんな 関係に なって いるか、など。ゼロ から もう いちど 考えなおす べき 時期に さしかかって いる のかも しれません。
[講演2] 国語辞典を
読む…日本文学科 准教授 寺田智美
寺田さんは、ある 出版社(三省堂)の 国語辞典 編集に たずさわった 経験 から、1冊の 国語辞典の 出版が 企画されて から 刊行される まで、さまざまな 作業手順が 必要な ことを 指摘。とりわけ 編集の
段階に ついて、具体例を あげながら「項目を 選定する」、「語釈を 書く、書きなおす」作業の 実態を 報告され ました。
国語辞典の 編集者 たちは、ひとりひとり 独自の 理想像を もって おられる わけ ですが、国語辞典も1個の 商品 です から、売れる 商品を つくる ことが 至上命令です。そこで 企画段階 から「利用者の 好み 調査」や「マーケット リサーチ」が 重視され、編集段階で「項目の 選定(新語・死語の 判定)」や「語釈の 書きなおし」に 時間を かけることに なります。
いいかえれば、世間に ヒットする 国語辞典=利用者の 要望に こたえる 国語辞典=理想的な 国語辞典 という ことに なる
わけです。
わたしの ばあい、「まともな 国語辞典」の
第一要件 として「一つ一つの 単語に ついて、単語家族 としての 位置づけ、および
音韻変化の 経過に ついて 解説されて いる こと」を 考えて います。その
語音と 解説を あわせ 読む ことに よって、日本語の 音韻感覚を よみとく ことが でき、また 外国語の 音韻感覚と 比較して、共通点や 相違点を
さぐる 資料とも なる もの です。「小学校 から 英語教育」の 時代、教育現場の 先生たちの ために、また 小中学生の パパ・ママたちの ために 役に 立つ1冊に なると 思う のですが…
問題は、どこかの 出版社が そこまで 時勢の 流れを 読みきり、決断して くれるか どうか です。そのため にも、まずは
日本の 言語学(日本語・漢語・英語 など)関係者たちのあいだで「21世紀の 日本語辞典の ありかた」に
ついて 議論を つくして ほしいと 思います。
9月26日(金)。午後1時半から 豊栄稲荷神社 会議室で 日本海文化悠学会 例会が 開かれ、仙石 正三 代表が「牛首と 牛ヶ首の 間」と 題して 発表され ました。
仙石さんは、まず「牛首・牛ヶ首」などと 表記される 地名が 全国的に 分布して いる ことを 指摘。富山県4、石川県7、福井県1、岐阜県2、新潟県5、長野県1、埼玉県1。茨城県1、福島県2、青森県1、広島県3、島根県1、香川県1、福岡県2、宮崎県1、計33件。
ついでに、「牛首・牛ヶ首」に まつわる 伝説や 信仰などを 紹介(牛頭天王と
スサノオノミコト。牛ヶ首用水 命名の 由来。インダス文明の 聖牛、など)。
そのうえで、「牛ヶ首用水」建設に かんする
さまざまな 資料を 紹介されました。健康の面で 問題を かかえながら、これだけの 調査資料を そろえて 報告された こと、いつもの こと ながら 敬服する ばかり
です。
せっかくの 機会 なので、わたしの 感想を しるします。できれば、もう すこし「ウシ・クビ・ウシガクビ」などの コトバヅカイに こだわって
解釈して みてはと 思います。
上代語の ウシ には、ウシ[大人]・ウシ[牛]・ウシ[厭・倦]の
3語が ありますが、音韻的な 関係が よく 分かり ません。ウシ[大人]に ついては、ウシハク[領](わがもの
として 領有する)や ヌシ[主](主人・主君)などと
同源かと されて います。そうだと すれば、ウシusiは ヌシnusiの
語頭子音 n-が 脱落した もの かも しれません。
それに しても、ウシハクが どうして「領有する」の 意味に なる のか、どうも ピンとこないと いわれる かも しれません。その点に
ついては、このブログ 9月28日号「ハク[吐・掃][白・剥]から シロ[白]・silk まで」の
中で、ひととおり チエックして みました ので、ご参考に なればと 願って います。
クビ[首・頸]に ついては、クイ(<クヒ)[杭]と 同源の コトバと 考えて います。胴体に クヒコム 姿が
クビ[首]、地面に クヒコム 姿が クヒ[杭]です。この 点に ついても、ブログ9月16日号「ヒゲ[髭]と クヒ[杭]と ピケ(picket)」で
とりあげました ので、ご覧 いただければ シアワセ です。
ウシガクビに ついては、すなおに「牛の首」と 解釈して よいと 思います。ただ、牛ヶ首用水に かぎらず、用水建設は その 時代の 先端技術を 駆使しての 大事業で ある とともに、政治的・軍事的な
秘密事項でも ありました。その ため、わざと 「牛頭天王」信仰や「牛の首を イケニエ として ささげ、用水建設工事が 成功した」伝説を ひろめるなど した
ことも 考えられます。
用水建設の カナメは、水の 流れを カコイ(ツツミ)こみ、暴走を クイとめる こと。どこに・どんな
ふうに クイ[杭]を クイこませるか。その技術で
勝負が きまります。仙石さんは、<今に 生きる 武田信玄流「聖牛=川倉」関東農政局HPより>に ついても 紹介され ましたが、これ なども、カコイ装置で あり、クイ[杭]の1種と みる
ことが できます。具体的な 工法が 分から ないので 断定は できませんが、牛の ような 頑丈な カコヒ(構造物)の 意を ふくませた
コトバだった 可能性が ない とは いえません。
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