2011年5月24日火曜日

「奥村さんのブログ」から「m-s音語」まで

奥村隆信さんの年賀状


 

ANの会コンサート

託法寺の円空仏


 

かんぽの宿玄関先


奥村隆信さんのブログ
ことし正月、奥村隆信さん(富山国際学院の校長先生)からいただいた年賀状に「身はたとひシニアの境に入りぬとも夢幻を追ひや求めむ…今年10月に高齢者の仲間入りをします」とありました。数年まえからブログを公開しておられ、ブログ1年生のわたしにとっては大先輩です。
その奥村さんがブログ「日本語教師・奥村隆信ひとり語り」(2011.5.12)の中で、「イズミ オキナガさんのブログのご紹介」してくださいました。
「泉先生は僕の父親くらいの年齢で…私なりに理解できた範囲でまとめると、言語間に共通の・音韻(音素)による意味弁別性があるのではないか、ということになるでしょうか…人間の発声器官・発音方法には人種共通に「限界」もあるわけで、そんなことも合わせ考えると、イズミさんの仮説、確かに説得力あります…。チョムスキーの普遍文法と同じで、人類が言語を獲得して以来の・人類に生得な音素DNAってあるのかもしれませんね」
大学院でまともに言語学を専攻された研究者から、こんなふうに評価していただけるとは、考えてもいませんでした。正直いってうれしいです。むかし、中国語学会の年次大会で「象形言語説」にかんする研究発表を十数回つづけた経験がありますが、初期のころは用語などの技術的なミスで落第。後半は、おもに言語観の段階で対立し、議論がかみあいませんでした。「いっしょに相撲をとれる土俵がない」といわれたこともあります。かくれキリシタンのような支持者はいましたが、公然と支持するのははばかられたようです。
その日本が、「小学校英語必修化」の実施段階にはいりました。このあと、学界をふくめて日本人の言語観がどんなふうに変化するか、見とどけたい気がします。いや、そのまえに、わたしのほうがこの世から姿を消しているかも。

ANの会コンサート
5月6日、南砺市の杉原茂さんから「第17回ANの会コンサート」の入場券をそえて案内状がとどきました。
「同封のコンサート、お暇でしたらお出かけください。小生の家内も75才ですが、初回から同コンに出ております。家内は最年長ですが、"好きこそ物の…"でかかわっています。なお、小生は同日旅行で、同コンに行けません」
わたしのところも、当日は前記のとおり、信子の母加藤恵明さんの法事(第2部)が予定されており、信子は動きがとれません。わたしひとりだけでコンサートに行くことになりました。会場は満員の盛況。予想どおり、ほとんどが女性でした。出演者の衣装も、第1部歌曲集「智恵子抄」では和装、第2部世界の歌では洋装。合唱にくらべて、ソロで歌われる方が堂々として、風格を感じました。楽譜もよめないわたしですが、たのしい思いにひたることができました。あわせて、富山県の女性たちの健在ぶりを感じさせられました。

託法寺の円空仏
もともと杉原茂さんと知りあったのは、富山県退職教職員協議会の会合の席です。2007年総会の席で、会長だった杉原さんが「円空仏」を話題にされたのがきっかけ。9月7日、「魚津・託法寺円空仏」の写真を送ってくださいました。送り状に「最近、県外の社寺ばかり回って県内の仏像に目を向けていないことを反省し、これからは先ず近くの仏を調べて拝観したいものと念じております。お盆には、魚津の円空仏をたずねて感動しました」、また、同封写真のうらに「託法寺円空仏。元禄初期?作(1688~)」と記されていました。

恵明さんの法事第2部
わたしがコンサートを聴きに出かけたあと、信子は妹の西田恵美子さんといっしょに光厳寺で墓参りを済ませ、こんどは姪の藤木美織さんの運転で、姉の土地数枝さんとともに馬瀬口の梅香庵へ向かいました。
ここでアンジュ[庵主]さんにお経をあげていただき、3姉妹そろっての法事第2部がつとめられたわけです。

かんぽの宿
法事のあとは、羽根の「かんぽの宿」でナオライ。日本の習慣として、お祭りや法事のあとにナオライ(関係者一同で飲食)がついてまわります。このナオライが済むまでは、お祭りが終わったといえないようです。法事も、一種のお祭り。恵明さんの法事も、3姉妹そろっての会食=ナオライでようやく完結できました。

再論、「m-s音のコトバ」
あわただしい1週間が過ぎました。ブログやら、コンサートやら、法事やら、あれこれマゼコゼになって、モタモタしましたが、これでどうやら一件落着。
それはそれでよいのですが、じつはわたしの頭の中で、まだ落着してない一件がありました。それは、前回「マセグチ[馬瀬口]の地名由来」の項でとりあげたm-s音語のことです。
日本語では、2音節の動詞マス[坐・増]、マズ[雑]、ミス[見]、ムス[蒸・産・咽]、メス[見・召・食]や、名詞マス[枡・鱒]、マシ[猿]、マセ[馬瀬・老成]、マソ[真麻]、ミソ[御服]、ミゾ[溝]、ムシ[虫]、モズ[百舌鳥]、数詞ミソ[三十]などが成立しています。これらのm-s(z)音語は、相互に同族関係にあるといえるかどうか?それが気にかかっていました。
漢語では、上古音でm-t,m-dの音節が成立していましたが、m-s音は成立していません。現代漢語では、語尾の子音は-n, -ngをのぞき、すべて脱落、母音終止となっています。

mouseは muscleのmass
英語では、どうなっているでしょうか?辞典では、m-sタイプの語根はm-s-だけで、基本義は「ネズミ。また、筋肉」、派生語はmouse(ネズミ), mice, muscle(筋肉), murine(ネズミ科)など、と解説しています。

ここで、ネズミを「筋肉のカタマリ」と見ていることに注目しましょう。カタマリといえば、mass(粘性のある物質のカタマリ)もm-s音のコトバです。「集まってカタマリになる」という意味の動詞用法もあります。
mouse(ネズミ)と muscle(筋肉)が同源語だというのなら、ムス[蒸・産・咽]とムシ[虫]だって同源語と考えてよいはずです。タマゴ→サナギ→チョウ[蝶]とムス作業をくりかえす生命体がムシ[虫]なんですから。

マス[枡]でmassのマス目を measureする
ひょっとして、日本語のマス[枡]と英語のmass(カタマリ。集積)、measure(マス目。分量)なども、同源かもしれません。「お金なら、マスで量るほどある」などというように、マスやmeasureはそれ自体が一定の「カタマリ、分量」としてマス[坐](存在する)からこそ、それを単位として穀物や液体の量をはかることができるわけです。
マッサージmassageは「西洋風のあんま」ですが、もともとmuscle(筋肉)のmass(カタマリ)をモム、マサグル、マサツ[摩擦]する作業です。

2011年5月10日火曜日

馬瀬口の尼寺

サクラが咲きました


加藤恵明さん


天満宮


供養塔


「梅香庵」の扁額


お仏壇


ランちゃんもおまいり


おつかれさま



 

サクラが咲きました
2月22日、ニュージーランド地震で富山外国語学校生徒が被災。つづいて3月11日、東日本大震災、そして福島原発事故レベル7。「国破レテ山河在リ…」といいますが、こんどの大震災で、その「山河」もずいぶん痛めつけられました。

それでも、4月にはいってサクラが咲きました。恒例のチンドンまつり行事は中止になりましたが、いたち川べりの遊歩道は花見の人たちでにぎやかでした。

加藤恵明さん50回忌
信子の母加藤恵明さんには、2男5女、あわせて7人のこどもがいました。そのうち、いま生き残っているのは5女の数枝、6女の信子、7女の恵美子、3人だけです。
「加藤のばあちゃんの50回忌をやりたい」といいだしたのは、姉の数枝ちゃんです。
土地数枝、ことし92歳。数年まえ交通事故にあい、手足が不自由。いまも車いすでしか移動できませんが、目も耳も正常。入れ歯がきらいで、食事に時間がかかりますが、おしゃべりは達者です。

いい加減な計画
50回忌の話は出たものの、いつ・どこで・どんなふうにするか、具体的な計画がなかなか決まりません。そこへ東日本大震災が発生。富山でも、地震を感じました。これでは、法事どころでない。50回忌はしばらく延期しようかという話も出ました。しかし、ここで延期して、いつならできるというら保証もありません。せっかく思いたったことだから、はじめの計画にそって準備をすすめようということになりました。
期日は4月14日、または5月15日。場所は光厳寺、または馬瀬口の尼寺。
たしかに「いい加減な計画」ですが、それなりの理由があります。法事をつとめる3人の娘と3人の孫娘には、それぞれ「家庭の事情」があり、調整がむつかしい。適当にルーズな計画の方が「ちょうどよい加減」ということもあります。

馬瀬口の尼寺
加藤家は代々光厳寺の檀家ですが、じっさい毎月オトキ[斎]にまわってこられるのは馬瀬口の尼寺のアンジュ[庵主]さんです。
信子の話では、いまのアンジュさんは小さいころ、まえのアンジュさんにつんだって、檀家まわりに来ていました。だからいまでも、気がねなしに話ができるといいます。
光厳寺までは、歩いて10分ほど。馬瀬口の尼寺は、車でも20~30分かかります。
こんどの法事も、はじめは光厳寺でお願いする予定でした。ところが、だんだん話を聞いてみると、光厳寺の住職さんは能登の寺と兼務なので、とてもいそがしいご様子。よほど重要な法事でないかぎり、住職さんに時間をあけていただくのは無理らしい。お彼岸に、お墓まいりかたがたお寺をのぞいたときも、だれも人がいる気配がなかった…
もともと身内だけで、こじんまりした法事をと考えていたので、すこしとおくても馬瀬口の尼寺のほうがよかろうという結論になりました。

尼寺は天満宮わきに
4月14日、馬瀬口の尼寺「梅香庵」で加藤恵明さんの50回忌がつとめられました。
出席したのは、加藤富美(長男康正の妻)、土地数枝、泉信子、伊藤淳子(次男子規の長女)、藤木美織(数枝の長女)、それにわたし。「女の中に男がひとり」でした。
この日が法事の第1部で、このあと5月15日、西田恵美子さんが出席して第2部という2部構成です。

尼寺「梅香庵」は、天満宮のとなりにひっそりと建っていました。天満宮の方は、りっぱな鳥居や社殿があり、天然記念物に指定されたサルスベリ[百日紅]の巨木もあって、だれの目にもすぐわかります。尼寺の方は、寺院独特の高い屋根が反りかえっているわけでもなし、ここに寺があるとは気づかずに通りすぎる人がおおいかもしれません。

お仏壇と扁額
外見は普通の住宅のようでしたが、中はさすが尼寺、お仏壇はじめ部屋の照明装置まで金色にかがやき、まったくの「別世界」が出現していました。「梅香庵」と書かれた扁額も印象的でした。

供養塔 
尼寺の入り口に、供養塔がひとつ建っていました。アンジュさんの話では、加藤平助さん(恵明さんの夫)が寄進されたとのことですが、くわしい話は聞きそびれました。
恵明さんは加藤家の次女でしたが、こどものころなにかの事情で、いちどこの尼寺にはいりました。「恵明」という僧名は、そのとき以来のものです。
長女のミキさんは、馬瀬口の田近家次男平助さんをむかえて結婚し、二人のこどもがいました。そのミキさん亡くなられたため、妹の恵明さんが呼びもどされ、後妻さんにおさまったということです。供養塔の建立はそのことと関係しているようです。
こんどの法事をとおして、忘れられていた加藤家の歴史の一部が見えてきた感じがします。

ランちゃんもおまいり
こんどの法事には、シーズ犬のランちゃんも参加しました。ランちゃんは、伊藤淳子さんのペット。外出するときは、いつも女の子らしい衣装を身につけます。住所は東京ですが、JRで、あるいはマイカーで、なんべんも東京と富山を往復。富山へ来ると、イズミ宅にあずけられるのが習慣です。人なつこく、甘えん坊。おとなしく、めったにほえません。
尼寺では、アンジュ[庵主]さんがお経をあげているあいだ、土間でじっとオスワリしていました。オツカレサマ。そのあと、たたみの上でゆっくりオヤスミでした。

マセグチ[馬瀬口]の地名由来について
わたしも信子も、馬瀬口の尼寺をたずねるのは初めて。興味津々でした。しかし実をいうと、わたし自身一番の関心事は、マセグチ[馬瀬口]という地名そのものでした。マセグチは、もともと地形名でしょうか?地形名だとしたら、どんな地形の名前でしょうか?
まず「広辞苑」でmase, maze音のコトバを調べてみました。
マセ[老成]ませていること。早熟。
マセ[籬・笆]①竹・木などで作った、低く目の粗い垣。ませがき。まがき。②劇場のマス[枡]の仕切り。
マゼ[雑・交]「まぜもの」の略。雑ぜ入れる物。
マゼ[接尾]間をおくこと。
マセゴシ[籬越]ませ垣を越えてすること。
マセル[老成]年齢の割におとなびて見える。
マゼル[交・雑・混]入れ合わす。まじえる。

地名辞典(「角川・日本地名大辞典・富山」)の解説も調べました。
マセ[馬瀬]ウマノセとも読む…地形が南北に細長く馬の背に似ているところから馬背と称したが、のちに馬瀬となった。

イズミ式解釈では、こうなります。基本になるコトバは動詞マス[座・坐・増・益]で、基本形そのままの名詞用法がマス[枡]=命の親(穀物・水・酒など)がマシマスところ。また、動詞マスの連用形兼名詞形がマセ[籬・笆](ませ垣)。マス[枡]の「仕切り部分」やマセ[馬背]とおなじ分水嶺型です。
マセ[老成]とは、男子席・女子席を仕切るマセ[籬・笆]を意識してふるまうこと。
マセ[籬]を越すことは、やがてマジル・マゼル[交・雑・混]こと。男と女がマジル・マゼルことは、やがてあらたな生命が生まれること、つまり家族が一人マス[増]ことにつながります。

用水の取り入れ口
マセグチ[馬瀬口]の地形に当てはめて、考えてみましょう。ここは、常願寺川扇状地の扇頂部。常願寺川から分流するいたち川や常西合口用水などの取り入れ口にあたります。
用水取り入れ口の事故は、氾濫という大災害につながります。必要かつ十分な量の用水を安全確実に取り入れるため、そこにどんなマス[枡](取水量計算装置)やマセ[籬](堤防など、防御装置)を設定すればよいか、綿密に計算し、設計施工されてきたはずです。

2011年4月12日火曜日

コク[扱]・コク[穀・谷]・COCK








センバコキ[千歯扱]








モミスリ



脱穀



黒部峡谷



おんどり







ウチガネ[撃鉄]










コクな話、レベル7
「政府は12日、東京電力福島第1原発について、原子力施設事故の深刻度を示す国際評価尺度(INES)で、最も深刻なレベル7に相当すると発表した…史上最悪と言われた年のチェルノブイリ原発事故(旧ソ連)と同じレベルに並んだ…」(毎日新聞)。




東電や政府当局のこれまでの発表の仕方にたいして、一般市民が「政府当局の発表は、あまり信用できない」と感じはじめました。とりわけ老人たちは、むかしの「大本営発表」のニオイを感じています。動物的・本能的なカンですかね。




「せっかく菅さんたちが一所懸命やっておられるのに、まわりから批判したり、あれこれ注文つけたりするのはコク[酷]だよ」といわれるかもしれません。しかし、もともと国家の危機管理指導者というのは、ザンコクな課題にシゴカレ、民衆にコキ[扱]つかわれるのが宿命です。それがイヤなら、1日も早く選手交代するしかありません。





コク[扱]姿がコク[酷]
さて前回は、カキ[柿・牡蠣・垣]の語音をころがしてみました。今回はコク[扱・穀・谷・酷]の語音をころがしてみます。
たとえば、イネの穂をセンバコキ[千歯扱]にかけ、モミ[籾]だけをコキおろします。これがダッコク[脱穀]作業です。だから、コクモツ[穀物]とは「コク[扱]もの」なのです。
立場を変え、イネの身になってみれば、せっかくのミノリをコキ(シゴキ)とられるのですから、なんともコク[酷]な話です。



コク[穀]もコク[谷]も、コク[扱]姿
現代漢語では、コクモツ[穀物]のことを[谷物]と書きます。ただ単に「同音で、文字の画数がすくないから」ではありません。
コク[穀]は、「固いカラでカコム」姿。コメ・ムギ・アワ・キビ・マメなどの穀物。モミガラ・サヤなどでカコム・ククル・シゴク姿です。
コク[谷]は、「八字型にカコム」地形。アナ[穴]。両がわを岩壁がカコム・ククル・シゴク姿。また、その中をクグリぬける姿です。
コク[穀]とコク[谷]は、もともと「同じ姿」だから「同音」で呼ばれるだけの話。[谷物]と書いても[穀物] の意味を表わせるというわけです。


コク・コケ・コケル・やせコケル
コキおろされ、カキむしられ、シゴキとられた姿という点では、コケ[苔・鱗]やコケラ[鱗](うろこ)もおなじ姿です。新築劇場の初興行をコケラオトシ[柿落]といいますが、このコケラ[柿]も「コキ[扱]にカケラレ、シゴカレ、うすくなった木片」、つまり屋根ふき用の木材のカケラ。コケラ[鱗]とおなじ姿です。
人間の肉体も、コキつかいすぎると、やせコケて、コケラ・カケラ状態になります。



コク[酷]は、コキ[濃]酒
コク[酷]は、「酉+告」の会意兼形声文字。[酉]は、水や酒をいれるカメ。[告]はツゲルですが、もとは「牛の角に制御棒をククリツケル」姿。つまり、「牛をコキつかう」装置です。コク[酷]は、「コキ[濃]酒が舌をシゴク・ヒッカク」感覚。そこから「残酷・冷酷」などの意味用法が生まれました。コク[梏](手かせ)も、おなじ感覚のコトバです。


コクのある話
料理やお酒について「コクがある」などといいます。それは、「味がコク[濃]、舌の味覚神経をコク・シゴクはたらきがある」という意味です。
そんなふうに考えてくると、ヤマトコトバのコク[扱・濃]と漢語のコク[穀・谷・酷]が、音義ともみごとに一致していることが見えてきます。
かなり「コクのある話」になってきました。「世紀の大発見」みたいですが、じつは、一部中国語研究者のあいだでは、なかば常識ていどの話。イズミの独創ではありません。
ただし、ここで「漢語(音)」といっているのは「日本漢字音」、つまり「上古漢語音のカナ表記」であって、現代漢語音ではありません。念のため。



COCKは、もと擬声語
ついでに、k-k音の英語をひろってみます。Cake(お菓子), cook(料理する), cookie(クッキー)などのほか、cock(オンドリ)、cockroach(ゴキブリ)などがあります。
Cock は オンドリ[雄鶏]のことですが、もとはその鳴き声からの擬声語とされています。
そういえば、ヤマトコトバのカケ[鶏]や漢語のケイ[鶏]も、もと擬声語です。ニワトリの鳴き声は東西とも、人間の耳にはk-, k-k音として聞こえていたことがわかります。
Cockには、その生態から「カシラ・親分・大将」、「クサビ型栓」、さらには「(銃器の)ウチガネ[撃鉄]」などの意味用法もあります。擬態語といってよいでしょう。



COCK=コク[扱]もの=コク[穀]
Cockは、ノドをコキつかってk-k音で鳴き、メンドリに精子をコキ[扱]いれ、そのメンドリが有精卵をコキンとコキおとします。やがて、その卵のかたいカラ=カク[殻]をカキやぶってヒナドリが生まれます。この過程は、コクモツ[穀物]をコク[扱]過程とよく似ています。 cockroach (ゴキブリ)がcock-音をもっているのも、古代人がゴキブリの生態を観察して、なにかcockとの共通点を見つけたからかもしれません。

2011年4月5日火曜日

「常識」が交替する時代



カキ[柿]




カキ[牡蠣]




カキ[垣]




カギ[鍵]




カゲ[影]



東電さんの「常識」


「東京電力は3月24日、復旧作業を再開。3号機のタービン建屋でケーブル敷設作業をしていた男性作業員3人が被ばく」(北日本新聞3/25)と報道されました。被ばくしたのは東電協力会社の作業員。東電は「本人の意思を確認しながら作業にあたってもらう」と説明。つまり、東電さんの「常識」どおりにやると、こういう事故が起こるというわけです。 自衛隊や消防庁などが放水作業をした時の装備や作業手順にくらべて、あまりにもずさん。東電さんの「常識」は、世間一般からいえば「非常識」そのものです。


「常識」は変化する


「常識」とは、なんでしょうか?それは、ある特定の社会で通用する、一種の「仮説」です。科学的に証明された「真実」や「真理」とは、別のものです。


「常識」の内容は、時代や地域によって変化します。たとえば、むかしは「天動説」が常識でしたが、いまは「地動説」が常識です。また、日本ではリンゴといえば、赤い色を連想するのが常識ですが、外国では青い色を連想するのが常識というところもあります。


そのほか、家族・職場、あるいは年齢層や規模の大小(巨大企業と零細・下請け企業など)によって、それぞれの常識が生まれ、常識同士でケンカしている現象も見られます。


新旧の「常識」が交替


こんどのように、非常事態が発生して、ふるい常識が通用しなくなることもあります。そんな時には、常識破りの対策が必要になります。 じっさいに被災地が復興するまで、何年かかるか見当がつきません。「一時的・部分的な例外措置」という感覚では、ほんとうの復興計画にならないでしょう。 いまやるべきことは、これまでの「常識」をいちどゴワサンにして、より正確な情報資料にしたがって、必要かつ十分な復興計画を立て、自信をもって実行することです。 日本人はいま、そんなふうな意識変革を求められているのだと思います。そうする以外に、日本列島に住む日本人が21世紀を生きぬく道はなさそうですから。


ここで休憩、頭の体操でも


毎日地震・津波・原発事故のことばかり見たり、聞いたり話したり。だれだって、疲れてくると思います。長期戦ですから、疲れはて、倒れてしまわないうちに、ちょっと休憩したり、かるい体操をしたりすることも必要でしょう。深呼吸・腹式呼吸・頭や手足などの曲げ伸ばしなど。じぶんの体調や場所にあわせて、自己流でやればいいと思います。


やがて、平常心をとりもどし、災害に立ち向かう元気がわいてくることでしょう。


コトバの球ころがしゲーム


ここで、「イズミ流、頭の体操」として、「コトバの球ころがしゲーム」を提案させていただきます。 「コトバの球ころがし」に道具はいりません。辞典もノートも無用。じぶんの頭の中にある辞典だけで十分です。姿勢も自由。寝そべって、目をつぶったままでもできます。


カキって、なあに?


たとえば、そこに柿の実が一つあったとします。以下、自問自答してみてください。


「これ、なあに?」  「それは、カキ」


「カキって、なあに?」  「カキは、くだもの」


「カキって、くだものだけ?」  「貝のカキや、カキネのカキもあるよ」


「まったく別物なのに、どうしておなじ名前なの?」  「…?」


「そもそも、どうしてカキって名前がついたの?」  「…?」


さて、さいごの2問、あなたならどう解答されますか?


カキは、カクこと(もの)


ご参考までに、イズミの解答をしるします。 日本語の「カキ」には、ほかにもカキ[掻・書・描・欠]や、漢語の「下記・夏季・夏期・火器・火気・花器」などがあります。ただし、漢語(外来語)までとりあげると話がややこしくなります。さしあたり、ヤマトコトバだけについて考えることにします。 カキ[掻・書・描・欠]は、もともと動詞カクの語尾母音が-iに変化したもので、連用形と呼ばれます。同時にまた、「カクこと」という意味の名詞形としても用いられます。英語動詞の現在分詞や動名詞とソックリおなじ用法です。⇔write>writing, draw>drawing.


カギ型にヒッカク


動詞のカク[掻・書・描・欠]は、どんな動作でしょうか? すべて「カギ型にヒッカク」姿です。 名詞のカキ[柿・蠣牡・垣]は、どんな姿をしていますか? それぞれ、木の枝や、岸壁や、地面に「カギ型にヒッカク・ヒッカカル」姿です。


そういえば、カギ[鍵]やカゲ[影]も、みんな「ヒッカカル・ヒッカケル」姿ですね。


つまり、「k-k音タイプのコトバは、「カギ型にヒッカカル・ヒッカケル」姿を表わすと考えてよいわけです。


発音と意味の相関関係


それでは、どうしてk-音が「ヒッカケル姿」を意味することになったのでしょうか? 「意味」の定義が問題ですが、ここでは「事物の姿」と考えておきましょう。 k-音を発声するときには、「息の流れが、ノドの奥をヒッカキながら出てクル姿」が見られます。つまり、「音声」(k-)と「発声器官の姿」(カク・キクなど)が、一定の対応関係にあると考えられます。


そこで、k-音語の基本義は「k-音を発声するときの発声器官の姿」ということになります。 以上がイズミ流の解答です。ご納得いただけたでしょうか?頭の体操になったでしょうか? ぎゃくに、頭の中がこんがらかったでしょうか? このメイ[名・迷?]解答は、イズミ個人の仮説によるものです。学界で承認された議論ではありませんし、なんの権威もありません。それでも、やがて公認される日が来るかもしれません。

2011年3月22日火曜日

伊達直人はダテ男


元祖ダテ男=伊達正宗


タイガーマスク=伊達直人


伊達公子


地震と津波と原発事故
3月11日、東北関東大震災が発生、そして津波。数十万人の人々が避難。
東京電力の福島第一原子力発電所1~4号機が運転停止。
東京都はじめ関東一帯で計画停電を実施。
管直人首相が初の原子力緊急事態を宣言。原発の半径3キロ以内の住民に避難、10キロ以内には屋内退避を指示。
12日、1号機で水素爆発。14日、3号機で水素爆発。15日、2、4号機で爆発。付近住民への避難指示を半径20キロ圏外に拡大。
18日、自衛隊消防車で3号機に放水開始。保安院が1~3号機の国際評価尺度を「レベル5」と暫定評価。
株価急落。円急騰。先進7カ国財務省・中央銀行総裁会議が、18日朝緊急の電話会議を開き、円売りの協調介入に合意。

富山は泰平無事
東日本が未曾有の災害を受けている中で、こちら富山はほぼ泰平無事です。地震で揺れを感じることはありますが、被害というほどのものはありません。計画停電もありません。これも「立山連峰大明神」のおかげかなと思い、感謝。
なるべくエアコンを止め、コタツにはいりながら、テレビで震災や原発事故の報道画面を見ては、一喜一憂しています。

「てっぱん」放送再開
テレビの画面では、毎日追いかけるように、悲しい、暗いニュースばかりがつづきます。NHKのテレビ小説「てっぱん」なども、ずっと放送を自粛していましたが、19日朝から放送再開となりました。災害対策が長期戦の段階にはいったということでしょうか。

災害に立ちむかう姿勢
地震などの災害が発生したら、どんなふうに立ち向かえばよいでしょうか?「災害にタチ向かい、生活をタテ直す」ことを願って、t-t音のコトバをタテ並べながら考えてみました。

地震の時は、身を伏せ、床にへばりつくことになりますが、揺れがおさまれば立ちあがって、じぶんの家の安全度を判断しなければならないでしょう。危険な場所をタチサリ、より安全な場所へ移動するか? 倒れかけた家を補強して、そこにタテコモルか?


危険防止のタテ[楯]
災害に出あったとき、大事なのはイキルこと、イキヌクこと。平常心にタチカエリ、熟練の技術を使って、かしこくタチハタラキ、危険防止のタテ[楯]を立てまわすこと。また、そのタテ[楯・舘]にタテコモル[立篭]こと。だれでもみんなとは言いませんが、とりわけ危機管理のリーダー役の人には求められる要件かと思います。

役に立つ立役者、ダテさん
タテ[楯]をもつタテ役者は、東北地方の戦国武将ダテ マサムネ[伊達正宗]。
現代のキャラクターでいえば、「弱者の味方」、「世間をタテナオス男ダテ」、タイガーマスクことダテ ナオト[伊達直人]。
スポーツ界では、テニスのダテ キミコ[伊達公子]さん。「女ダテラ」などといわせない、カッコいいタテ役者です。
「いら管」とも呼ばれる管直人総理。日本国沈没の危機にあたり、国民のタテ[楯]となり、体制をタテナオスことができるでしょうか? 危機管理の役に立つ立役者となれるでしょうか?

ダテさんのイデタチ目立つ
伊達正宗にかぎらず、織田信長でも豊臣秀吉でも、戦国武将たちはメダツ衣装のイデタチで戦場にイデタツのが慣例だったようです。ダテなイデタチを見せつけることで、味方の士気を高め、敵の戦意をタチキルという演出効果を期待したのでしょう。
戦国武将が「遠からんものは音にも聞け」と大音声を立て、兵士たちがトキの声や太鼓の音ではやし立てたりしたのも、音響効果を計算した心理作戦です。

役に立った冷蔵庫
20日、うれしいニュースがツタエられました。震災から9日ぶりに、石巻市の大破した家屋の中から、阿部寿美さん(80)と、孫の任さん(16)が救助されたことです。二人は「冷蔵庫にあったヨーグルトやパンなどでしのいでいた」そうです。この場合は、冷蔵庫が二人の「立てこもり9日間」のウシロダテとして役立ったわけです。


2011年3月15日火曜日

梅・水仙・雪、そして地震


梅が咲きました




水仙も咲きました




春の雪




卒業生が街頭募金



梅が咲きました
いたち川左岸の遊歩道、雪見橋ぎわ、本田和裁学園よこに、1本の梅の木があります。その梅の木が、ことしも白い花をつけました。紅梅とちがって、目立ちません。ひっそりと咲いています。やがて青葉若葉のころになれば、この一輪一輪の花が一粒一粒の青い実になってくることでしょう。


水仙も咲きました
秋のお彼岸に咲いていたマンジュシャゲが散ったあと、いたち川の土手は枯葉・落葉ばかりで、さびしい毎日がつづきました。
その土手のあちこちに、こんどは水仙の花がさきました。
「雨ニモ負ケズ、雪ニモ負ケズ」ガンバっています。
見ているだけで、すこし元気をもらえます。


春の雪
コヨミの上で『立春』を過ぎ、いたち川の土手にも梅や水仙が咲きました。しかし、春は一気には来てくれません。春分のあとでも、年によっては4月に入ってからでも、雪が降ることがあります。あせらずに待つだけです。


ニュージーランド地震
「ニュージーランド南島のクライストチャーチ市で2月22日朝、大規模な地震が起き、現地の学校「キングス・エデユケーション」で研修中の富山外国語専門学校の学生21人と教員2人が、4階で昼食中に建物の倒壊に巻き込まれた」と報道されました(北日本新聞、2月23日)。


卒業生が街頭募金
地震で被災した富山外国語専門学校の生徒とそのご家族を支援するために、卒業生が街頭募金を行っていました(写真、3月6日、富山市総曲輪)。


富山外国語専門学校のこと
富山外国語専門学校(略称、富山外専)は、もともと英語の専門学校ですが、フロクとして中国語・韓国語・フランス語・ロシア語などの専修コースがあり、一般市民に公開されています。わたしも開校当初(1985年)から16年間、中国語の非常勤講師として勤めさせていただきました。

専修コースの生徒さんは成人ばかりで、「中国旅行の時、直接中国人と会話してみたい」、「漢詩が好きなので、中国語音で読んでみたい」など、それぞれ目的・目標をもって受講していました。わたしも、週1回の講義のために、毎日のように教材研究や資料づくりなどにはげむことになりました。


東北地方、太平洋沖地震
「ニュージーランド地震で富山外国語専門学校生が被災」のニュースを聞いて、「対岸の火事では済まない」と感じていた矢先、3月11日、いきなり「東北地方、太平洋沖地震」のニュースが流れました。

3月14日現在、NHKニュースなどでは「東北・関東大震災」と呼んでいるようですが、他局では「東日本大震災」と呼ぶなど、事故発生4日目でまだ呼び名が統一されていないのも気になります。

そして3月15日現在、東京電力の福島第一原発の第1号機、第3号機につづいて、第2号機も炉心溶融を起こしたとテレビが伝えています。

地震や津波は天災です。しかし、天災の被害を最小限に押さえこむのが人間の仕事です。日本の原子力発電事業については、はじめからその危険性が指摘され、はげしい反対運動がくりかえされました。推進派の人たちは、そのたびに「世界一安全で効率的な原発」と胸を張り、つぎつぎ原子力発電所を建設してきました。

それにしては、福島第一原発第1号機の事故以来、テレビに登場する東京電力関係者たちの態度はおそまつです。まず、責任者の話を聞いても、事故を解決する自信や意欲が感じられません。事故の報告者も、他人事のように、ぼそぼそと専門用語を並べるだけで、説明になっていません。責任のがれとしか見えません。

たくさんの人たちの命にかかわる問題を、こんな人たちに任せてきたのかと、かえすがえすザンネンです。ムネンです。

2011年3月1日火曜日

春遠からじ

アオサギ君、冬バージョン










「残照/老の讃歌」




アオサギ君、冬バージョン

冬になると、いたち川の散歩もあまりパッとしません。太陽のヒザシがおとろえ、木も草も鳥も鯉も、みんなくすんだ色ばかり。なかなかシャッターを切る気持になりません。

でもよく見ると、みんなそこに生きていました。カモ一家もアオサギ君もちゃんといました。どんなに寒くても、どんなに雪が降っても、負けずに生きぬいていました。「冬来たりなば、春遠からじ」です。


「残照/老の讃歌」
先日、東京にいる姪のるり子ちゃんから電話がありました。
「こんど母が本を出しましたので送ります」
そして翌日、さっそく宅急便で本がとどきました。
ハードカバーで、179ページ。タイトルは「残照/老の讃歌…安達とく子歌集」

わたしは短歌も俳句もやりませんので、上手・下手などの評論はできません。でも、万葉集などを読むのは楽しみですし、人さまから歌集や句集をいただくのもうれしいです。

まず、作者・安達とく子さんの略歴を見てびっくり。1917(大正6)年、新潟県生まれ。
わたしより3歳も年上で、歌集を出される心意気に敬服しました。
ひととおり読んでみて、作者の素直で率直な歌いぶりや、まわりの人たちへの思いやりをこめたマナザシに感動しました。
以下、わたしが共感をおぼえた作品など、いくつかご紹介させていただきます。

<序>
眼もかすみ記憶もおぼろになりたるに最後の歌集を思いつくとは
子や孫の助けを借りてまとめたる九十三歳この喜びは
仏壇にまず捧(ささ)げたりすこやかに我が残生(ざんしょう)の生きし証(あかし)を

<曾孫・孫ら>
赤ちゃんじゃないから抱っこは駄目だよと離れてゆきぬ彼の成長
背もスラリ二十歳(はたち)の孫の胸に抱く乙女あるらしほのぼのと聞く

<姑と嫁と息子>
良い嫁と人は言うなり ハイそうと 姑(しゅうと)の出来もなかなか良くて
遠慮なし それで互いに気を遣い 姑と嫁と息子の関係
寿司よりも嫁の料理に箸(はし)がゆく十一人の我が一族と

<夫>
金曜の夜は我が許に帰り来るひと月ばかり愛人のごとく
生(なま)たらこ切れ目はじけて煮上がりぬ夫が好みし冬の一品

<家>
婿(むこ)殿(どの)の建築なるも現在も家族みんなで不安もなくて

<友>
姑(はは)ゆえに泣きし世代の友達が嫁に気遣(きづか)う今の暮らしは

<跋>
専門は英文学の子に頼るパソコンなどは我は知らずも
性格も趣味も異なる母と子が心ひとつに纏(まと)めあげたり

2011年1月3日初版。(株)NHKビジネスクリエイト発行。定価 2000円。