2015年5月23日土曜日

小説『西行』を読む 

 
 
『西行』表紙   
 
 
小説『西行…いのちなりけり』
 『古事記』を 読む 会4月例会の おり、「最近刊の 小説『西行』が 寄贈された ので、希望者に 回覧したい」との 提案が あり、イズミが「イの一番に」借用させて いただくことに なりました。西行に ついては、「もと 武士で、僧侶で、歌人」、「とりわけ サクラの花を 愛した 人物」と いった 程度の 知識しか もって いなかった のですが、この 作品を 読ませて いただいた おかげで、すこし ばかり 西行の 実像が つかめた ように 思います。
小説『西行』は、サブタイトルが「いのちなりけり」。表紙 カバー 帯に「西行の実像にせまる渾身の力作(嵐山光三郎)」と うたって います。発行元の 「MOKU出版()」は あまり なじみの ない 出版社ですが、著者の 近津 三志(ちかつ さんし)は ペンネームで、本名は 千勝 三喜男(ちかつ みきお)。国学院大学 出身で、和歌の 研究者。578ページに わたる 大作ですが、小説という 形式で、読みやすい 作品に なって います。
正直な 話、はじめは かるい 気持ちで 読みはじめた のですが、やがて 「他人事ではない、人生の 一大事」という ことに 気づかされ、自問自答 しながら 読んで いました。歌の こと から コトバ(ヅカイ)の 問題が とりあげられて いる ことも あり、自分の研究資料として 手元に 持って いたいと 考える ように なりました。そこで、5月例会で  いちど お返し した うえで、あらためて 1部 購入と いう 形に させて いただきました。
 
西行 人気の 秘密
 それに しても、西行の 人気の 秘密は どこに ある のか?すこし 具体的に 考えて みましょう。西行が すぐれた 武芸者だった から?すぐれた 歌人だった から?すぐれた 僧侶だった から?もちろん、それぞれの 条件が 西行の 人気を 生んだ モト である ことは 否定 できません。しかし、西行の ばあい、いちばんの キメては「武士」という 職業(飯の 食いだね)を すて、「僧侶」(はじめは 修行僧)と なり、あわせて 歌人と して マコト[真言・真事・誠](真実)の 道を きわめ ようと した、その 生き方(変身ぶり) だったと 思われます。ただの「人気」という より、「アコガレ」と いった ほうが よい かもしれません。内心では「ぜひ、そう したい」「そう なりたい」と 思いながら、現実には「家庭の 事情」「世間の 義理」などの ため「心ならずも アキラメル」と いう 現象が おおい ことは、イマも ムカシも 変わらない ようです。その アキラメの かげに ひそかな アコガレが のこり、無限に 累積されて ゆく ことに なった ので しょう。
 
西行の 実像
  西行は、じっさい どんな 人物だった のか? 小説『西行』の 記述を 中心に、その 出生から 出家する までの 経過を たどって みます。
サイギョウ[西行]は、出家して からの 呼び名で、「西へ 行く(出家する)」の 意。本名、
サトウ ノリキヨ[佐藤義清]。幼名、紀志丸。佐藤家は、俵藤太 こと 藤原秀郷の 流れで、祖父・スエキヨ[季清]、父・ヤスキヨ[康清]とも、「検非違使」「左衛門尉」などに 任じられた。母、アヤ[]の前は、源 清経(義清の 外祖父)の 娘。
4歳の 時、父 康清(30余歳)を 亡くし、13歳の 時、母 アヤ[]が 病死。15歳で 元服。ノリキヨ[義清]を 名のり、権中納言 フジワラ サネヨシ[藤原 実能]の 家人と なる。
義清18歳のとき、サヨ[沙世]16歳)と結婚。祖父 季清の 援助で「ジョウコウ[成功]」(寄付行為の 見返りに 官職に 叙任するという 売官 制度)を 申請し、「兵衛尉」と して、「北面の 武士(御所の 警備を 担当)と なる。やがて、待賢門院 璋子の 熊野 御幸に 供奉。近侍する 女房の 堀河と 出会う。この ころ、平清盛と 出会う。
 (23歳の ころ)仲清が 兵衛尉に 任官義清 出家して、円位(のちの 西行)を 名のる。
 
イキの シカタの 問題
佐藤 義清は、なぜ 出家の 道を えらば なければ ならなかった のか?その 心情を、かってに 推測して みます。
イキル とは、イキを する こと。イキを しなければ 生きて ゆけません。ところで、その イキと いうのは 空気の こと。また、フンイキの こと。家庭の 中の イキと 職場(武家社会)の イキと では、まるで ちがいます。その 武士が つかえる 貴族社会(宮廷) では、また ちがった イキが ながれて います。
 義清は23歳 そこそこで、武家社会や 貴族社会の イキを 知りつくし ました。文武 両道の 達人だった こと から、さまざまな 課題を そつなく こなし、まわりの 人たち から 称賛され、信頼され、さらなる 出世を 期待されて いました。その 期待に そむき, 家庭や 職場を すてた のは、よくよくの こと。もう これ 以上 武家社会でイキを しつづけると したら、自分は いったい なんの ために 生まれて きた のか、生きて いる ことの 意味が わからない。わかくして 亡くなった 父の ことから 考えても、いま すぐ 出家し、あらたな 世界で、安心立命できる イキの シカタを したい。そう 考えた ので しょう。
 
現代社会にも通じる課題
武士・僧侶・歌人 など、それぞれの 集団では、それぞれ 独自の 世界が つくられ、独自の イキ・フンイキが 生まれ、集団に 所属する 全員が 自動的に これを 呼吸して イキル ことに なります。
 西行が 生きた 時代 から、900年ほどの 時間が すぎました。その あいだに、貴族・武家 中心の 時代 から 自由平等・民主主義の 時代へ と、日本社会は すっかり さまがわり して います。しかし、西行が 直面した 課題や その 対処の 仕方 などの 中に、現代社会 でも 参考に なる 点が あると 思います。
たとえば、現代日本社会が 理想的な 社会に なって いると 考える 人は いない でしょう。日本国憲法では「健康で 文化的な 生活をする権利」が 保証されて いる はず ですが、それは タテマエ だけ。じっさいは「ない ソデは ふれ ない」と いう こと。「貧富の 格差 拡大」、「人口 減少」、「原発 事故」、さらには「中国・韓国・アメリカ・ロシアなど との つきあい方」などの 問題も あります。
 祖国防衛の ために 自衛隊に 入隊した人や、日本の 産業振興の ために 官僚と なった 人たちが、(佐藤 義清の ように)「事、志と ちがう」「こんな フンイキの 中で 仕事していても、イキガイが感じられない」と 辞表を 出す などの ことが おこらない ように 願って います。
 
マコトの コトバを さぐる コト
 まだ、小説『西行』を いちおう 読みとおした 段階で、なんとか 全体の アラスジを たどる のが 精いっぱいの 状態です。北面の 武士 佐藤 義清は、出家した あと、どこで・どんな イキを すい、どんな イキガイを 感ずる ことが できた のか?そのへんの ことは、このあと くりかえし 読んで たしかめて ゆきたいと 思って います。
 さらに いえば、西行は 歌人として、また 仏法の 求道者として、 コトバの 使い方に こだわり、死ぬ まぎわ まで マコトの コトバを さぐり つづけて いた よう です。こうした 視点 から、西行作品の コトバヅカイを 読みなおし、具体的な 用例資料を ひろってみる のも おもしろいと 考えて います。
 

2015年5月12日火曜日

「あそびをせんとや」

 
 
佐藤正樹詩集   
 
 
藤原彰子書作 
 
 
 

「あそびをせんとや」
4月下旬、佐藤正樹さん から 詩集『あそびをせんとや…』を おおくり いただき ました。これまで いただいた シ リーズの 7冊目に なります。

  このシリーズ1冊目(1997)タイトル「泰山木」「その時の山」「房総丘陵歩き」「山行記録」という4本立てでした。「ちょっと変わったタイトルだな」と思いました。それが2冊目から3本立てに変わりました。こんど7冊目の タイトルも 「あそびをせんとや」「どくだみの花」「昔むかし」3本立てに なって います。

 シリーズ 初期の ころは、「山歩きの 歌」が おおく、「山歩きの 記録()」も かなりの 紙面を 占めて いました。7冊目 では、本文 167ページの うち、161ページ までが 詩作品に 当てられ、あとは「中米の山」(山歩きの 文)と「信州・佐久の歌」(追憶の 文)に 各2ページを あてて いる だけ。「あとがき」にも「山歩き野歩きの代わりに日々その辺を歩きまわっておりました」と記しています。

  長年の おつきあいで、わたしも すこし ずつ 佐藤さんの 気持ちが わかって きた ように 思います。こんどの 詩集の 中から、わたしが かってに 感心したり 共鳴したり した 作品を いくつか ご紹介 させて いただきます。

 

見たままを コトバに つづる
 佐藤さんの 詩作を 読んで いて、ハッと きづかされる のは、まわりの ものを 見る マナザシが タダモノでは ない こと です。独自の 視点で 見た 映像を、忠実に コトバ(音声信号)に ホンヤクして いる と いった 感じです。たとえば;

 

歩き名人

帽子から靴までいかにも歩く人

たすきまでかけている

近づくとたすきではなく柄物マフラー

 

出合い

速度を緩めて車が急坂を上がる

続いてもう一台

大きい目が二つの昆虫顔

 

ハクモクレン咲く

旅をしてきた白い鳥がいっぱい風に吹かれ止まっている                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                   

                                                                               

                                                                                               

どくだみの花

緑の中の白襟看護のひと

集まるここは看護学校の卒業式か

白襟がいっぱい

 

落し物たち

子供のアクセサリーが落とされて小さな宇宙の銀砂に

動物から別れた落し物 砂をかぶり道のまん中に

 

はと

改めて見れば全身立派な刺青 目の周りまで彫っている 

 

こども

毎日脱皮 洗濯干しものがぶら下がる

 

春先の人影

小鳥たちはささやき 鳥の声までも空気に溶け込んでいる

ひとはふくらんで ベビーカーで 颯爽とで歩いている

 

老を 歌う
 佐藤さんの 作品には、もちろん 赤ちゃんや 子供たちも 登場しますが、老人も しばしば 登場します。高齢者の 所作、あるいは まわりの 人たちとの 関係 などが、独特な視点から きりとられ、えがきだされて います。たとえば;

 

真夏のような六月

老若男女の町中をあるく 人に触れないよう

よろけぬよう躓かぬよう いつからか

 

女子同級生

もう八十だから―

「私齢はひみつにしている」

そうだね 貴重なまだ七十代

「そう貴重なまだ七十代」

 

運動欲

歩幅 抜き足速度

ふらつき度数 ひっかけ度数

平日並みで事もなし

 

床屋

鏡の中から外へさらさらと光る白毛落ち葉

 

自分を 見つめる もう 一人の 自分
  自分が まわりの ものを 見つめて いる。という ことは、その 自分を 見つめて いるもう 一人の 自分が いる から こそ できる ことです。この「もう 一人の 自分」の 目が 随所に 感じられます。たとえば;

 

今日のバランス

まねてよろめく蹲踞の力士を 躓くを見られる電線の小鳥に

 

訪問客と家人

玄関口に電話口にと訪問者 あっさり丁寧に断っている

カメラをとりにそそくさ戻っている 今日の客に

写っているのはドアに来ていた天道虫 色鮮やか

 

電話した日

隣と話すように電話

広がっている「おのれ」

時を隔てていても

海を隔てていても

 

留守番同志

下校して一人何かしている小学生

こちらTVニュースの前ひとりいる大人

別々の世界にいるが境の戸だけ半開き                                                                                            

 

歩く体

動いているのは自分

動かしているのは外から見ている自分

ときどき自分に躓いて                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                            

 

二本足のこだわり

杖一本の三本足 杖二本の四本足を思い

体重を思わぬ方向に引かれながら小股に歩く日

 

追憶
 現役の 時代と ちがって、「毎日が 日曜日」(本人の 感覚は 別と して)の 生活と なると、頭の 中でも「未来への ユメを えがく」作業 よりも、「過去の 思い出に ふける」作業の ほうが おおく なる ようです。たとえば;

あて名書き

名前で会い住所でさらに身近になるがあの辺にお住まいですかで別れる

 

古里

浦島八十郎 小学校の跡地に立って

 

「あそびをせんとや」

新制中学音楽の先生が節をつけた「あそびをせんとや」

古希同級会に腹に響く声で友だちが歌った「あそびをせんとや」

幼たちをみている「学校」「会社」を抜けた

『梁塵秘抄』「遊びをせんとや生まれけむ、戯れせんとや生まれけん、遊ぶ子供の声聞け

ば、我が身さえこそユル[]がるれ」から

 

『梁塵秘抄を書く』
 佐藤さんの「あそびをせんとや」を 読ませて いただいて、わたしは すぐ 藤原彰子さん から いただいた『梁塵秘抄を書く』を 思いだし ました。大阪府 出身の 書家 藤原彰子さんが『梁塵秘抄(後白河法皇 編、今様 歌謡の 集成)の 中から 52首を えらんで 書写した 作品集(桃渓造本計画室 制作、2007年 発行)で、たまたま 富山市 長念寺で 開催された <志田延義先生を「偲ぶ会」>で 記念講演された おりに いただいた ものです。
 全編52首の 中 から「あそびをせんとや」の 部分を コピ-して ご紹介させて いただきました。藤原さんは、「あとがき」の 中で「同時代の和歌や納経の多くが載り得た料紙に今、人々への鎮魂の思いを込め、『梁塵秘抄』を書く」と 記して います。ちなみに、この「あそびをせんとや」の 部分の 料紙は「楮・雁皮混合紙 具引き さざれ純金(赤口・青口) 銀砂子 箔絵」と 注記されて います。藤原さんの 料紙への 思いいれは、佐藤正樹さんの ご子息 信太郎さんの 写真集「夜光」を 連想させる ものが あります(15-2-5ブログ「夜光」参照)。

2015年4月28日火曜日

サクラ からの 連想、幻想

 
 
『古事記』を 読む 会
 
 
豊栄稲荷神社の しだれ桜 
 
 
福光美術館 
 
 
愛染苑 
 
 
 

庄川峡(宿の窓から) 
 
 
ゆめつづりを 出発 
 
 
 

412日(日)午前、豊栄稲荷神社『古事記』を 読む会の 新年度 第1回の 輪読会が 開かれました。1年間 かけて 中巻、応神天皇 まで いちおう 輪読して きました ので、きょうは 下巻、仁徳天皇の くだりを 一気に 読みあげようと いう こと でした。「后妃・御子と 御名代」「吉備の 黒日売と 皇后の 嫉妬」「八田若郎女」「三色の 奇虫」「雁の卵」「枯野という 船」など、おもしろそうな 話題が つづきますが、さて そこから ナニを 読みとるか、それが 問題だと 思います。

 文学作品として 読むか、歴史資料として 読むか、読む人の 意欲に こたえて 無限の 資料を 提供して くれると 思います。『古事記』を 読む会 も、これまで いろいろ 手さぐりで やって 来た 感じ ですが、このへんで いちど「会の 目的・目標」や「輪読会の ありかた」などに ついて、あらためて 話しあって みたいとも 思います。たとえば 会員 ひとりひとりに ついて、「とりわけ 関心の ある 分野・テーマ」、「独自の 研究方法や 仮説」などの 実態が わかれば、今後の 会の 進め方を 考える 上で 参考に なると 思います。また、会員同士で 研究成果を 交換しやすく なり、学習の ムリ・ムダを はぶく ことができるでしょう。なにはともあれ、全会員に とって もっとも 効率の よい 学習方法を 採用したい もの です。具多的には、毎回 輪読会あとの 時間を あてる とか、アンケート方式での 回答を まとめて プリント、配布する などの 方法が 考えられます。

 わたし自身の ことを いえば、「古代日本語 研究資料」として 利用する 立場 です(ブログ「オオクニヌシと スクナビコナ」2014.6.19.参照)。ヤマトコトバと 漢語・英語の 音韻比較資料を 採集する ため です。

 輪読会が 終わった あと、神社境内の 「シダレザクラ」を ながめて、スマホに おさめました。

 

 413日(月)。伊藤夫妻のご厚意で、ことしも 一泊二日の 花見旅行に つれて 行って いただく ことに なりました。午前10時、伊藤さんの 愛車に 便乗して 砂町を 出発。途中 砺波市・南砺市の サクラを 見物、南砺市 法林寺 福光美術館や 分館の 愛染苑棟方志功の 作品や 資料などを見学。14時 すぎ、庄川温泉 ゆめつづりに 到着。

 ことしは サクラの 開花が すこし 早まわり、つよい 雨風も なかった こと から、いたち川の 遊歩道を 散歩する だけでも 十分 花見を 楽しむ ことが できました。そんな ことも あって、ことしは 花見は そこそこに して、棟方志功の 作品や 関連資料の 鑑賞にたっぷり 時間を かける 気分に なりました。それにしても、福光美術館近代的な 美術館として 整備されて いる こと、あわせて 分館の 愛染苑志功 生存当時の 生活環境を そのまま 保存して いる ことに おどろきました。わたし自身は もちろん 面識が ありませんが、見学した 資料の 中に、当時 志功と 交流が あり、応援していた 人たちの 寄せ書きが あり、そこに 岩倉政治さん たちの 署名が のって いました。岩倉政治さんと いえば、もと 呉西出身の 作家で、ながく 富山市に 住みつき、わかい人たちと きさくに 交流して いました。わたしが 仲間と いっしょに 文芸サークル「ちんぐるまの会」を はじめた とき にも、いろいろ 助言して いただきました。

思いがけない ところで、思いがけない 人との ツナガリ(宿縁)に 気づかされた 旅でした。

 

サクラ からの 連想、幻想
 それにしても、日本人は どうして これほど サクラが 好き なの でしょうか?

 「サクラの 花見と いう のは 名目で、本心は 花より 団子。酒を 飲んだり、ごちそうを 食べたり、歌を 歌ったり して 遊びたい んじゃ ないの」などの 意見も ある ようです。実態は どう なって いる でしょうか?

ウィキペディアに よれば、サクラの 原産地は ヒマラヤ近郊と され、ヨーロッパ・西シベリア・日本・中国・アメリカ・カナダ など、おもに 北半球の 温帯に、ひろく 分布して います。その中で、日本人と サクラとの 関係は、他の 地域と くらべて いささか 格別の 濃密さを もって いる ようです。そして その原因は、日本列島が イネ農耕の 地域 だから では ないかと、イズミは 考えて います。

日本の イネ農耕は 水田栽培 であり、大量の 水が 必要 です。川から タンボまで 水を 引く ため、長距離に わたる 用水路を 作ったり、大規模な タメイケ[溜池](ダム)を つくったり しました。用水路や 溜池の 建設や 維持管理には、高度な 土木技術や 大規模な 労働力が 必要です。そして、完成した 用水路や 池の 土手に、たくさんの サクラの 木が うえられ ました。サクラの 「花見」とは、「開花までの 経過を 観察する こと」であり、これを 参考に「イネ耕作の 作業日程を サグル(立案する) こと」であり、また「イネの 豊作を いのって マツル こと」でも ありました。

  サクラと いう コトバは、『古事記』や『萬葉集』にも 出て きます。日本の 歴史は「イネ農耕に よる 列島改造」の 歴史で あり、いいかえれば、「イネ農耕用の 水路や 溜池を建設して きた」歴史です。その結果、日本列島 いたるところに「○○千本桜」と よばれる サクラの 名所が 出現して います。

 中国大陸では、敵対する 民族の 侵入を 防ぐ ために「万里の 長城」が 築かれました。日本では、河川の 氾濫から 農民を まもり、イネ農耕(水田)の 用水を 確保する ために、「川の 流れを ツツミコム(包囲する)作戦が とられ ました。それが ツツミ[包・堤]、つまり 川や 用水路、池などの ドテ[土手]です。この ツツミ[包・堤]で 囲まれた 内側が「水流の シロ[城・代]」ですが、その 外側も また「住民たちが 安心して イネ耕作 できる シロ[城・代]」だった わけです。

  万里の 長城が「農耕民族と 遊牧民族との 交渉」の中で 生まれた 世界規模の 文化遺産だと すれば、日本全国に 分布する「○○ツツミ[]」も また、「農耕民族と 自然(とりわけ 水)との ツキアイ」の 中で 生まれた 文化遺産だと 考えて よさそうです。用水の 取り入れ口や 途中の ツツミ[](土手)など には、高度な 土木技術が 用いられ、サクラを めぐって、西行法師(平安・鎌倉時代) はじめ、文学や 宗教の 分野でも 深い 関係が 見られます。

 「サクラと ツツミ[]や シロ[]と、なんの 関係も なかろう」と いわれる かも しれませんが、じつは 「おおいに 関係あり」です。日本語の サクラは、「動詞 サク+複数の ラ」などと 解釈されて いる ようですが、もともと「サ+ク+ラ」「サク+ラ」「サ+クラ」、いずれとも 解釈できる コトバです。いずれにしても、ヤマトコトバの 音韻感覚として、「サ=ヤ[箭・矢]」、「ク=[]」。サクは、「()が 來る]姿 だから、サク[裂・割・咲] 姿を あらわす ことに なる のです。サクラは、動詞 サクの 派生語 サクル[]の 名詞形と 解釈する ほうが 分かりやすいと 思われます。サクルサケル[裂・避]・サカル[]などと おなじs-k音語で、サクラの木をツエとして地面をツキサクル姿です。
手もとの 国語辞典には 「地面を くりぬいて 水を 流す。サク[]からの 派生か」と 解説されて います。やがて、サグル[探・捜]サガス[]にも 通じる 語音です。つまり、「サクラツツミ[] シロ[]は、「三位一体」という わけです。

2015年4月10日金曜日

サクラ サク、花ザカリ 

 
 
日本海文化悠学会総会
 
 
 新幹線拝見(金沢駅)
 
 
みやげもの店(金沢駅) 
 
 
『朴魯禅談集』 
 
 
雪見橋から 
 
 
赤いボート 
 
 
遊歩道 
 
 
 
 

日本海文化悠学会総会      
 327()、豊栄稲荷神社会議室で 日本海文化悠学会総会が 開かれました。会が 組織されて から 3年 すぎた この 時期に、これまでの 経過を ふりかえり、この先 どうするか 考えて みようと いう こと でしたが、みなさん やる気 満々で、いまの 体制で 続行と いう ことに なりました。かねがね、3周年を 期に 会誌発行計画が 進められて おり、この 日が いちおう 原稿提出日と されて いました。そんな しだいで、総会あとの 編集会議で いろいろ 議論が かわされました。

おくればせ ながら、この日 ようやく 会誌の 名称が 正式に「悠学」と 決定しました。

また、会誌発行の 費用負担 などに ついても、最終的な 方向が 出ました。これまで 計画の 途中で、①全額を 会および 会員の 負担と する、②外部団体 など から 補助を 受ける、③出版社と 相談する、などの 案が 出て いましたが、将来の 計画は 別として、すでに 原稿提出期限を むかえた 今回の 会誌に ついては、やはり ①の線が 無難だ という ことに なりました。

この日 わたしが 提出した 原稿の タイトルは「スミノエ神はMr. Smithだった(仮説)」。1995年に『スミ・シム・SMITH』を 発表して 以来、一貫して 主張して いる 持論です。この「仮説」が 世間一般の「常識」と なる 日を めざして、これからも 手を かえ 品をかえ、主張し つづける つもりです。

 

北陸新幹線 ためしのり      
 331()、晴。おいっこの Dtsさん から 電話が あり、「今から 花見に いかん まいか」との こと。まもなく、母親の Kzeさんを 車いす ごと クルマに のせ、妹の Hkmさんも 便乗して、イズミ宅 まで むかえに きて くれました。

 ここから「一行5人さま」で サクラ見物に 出かける はず だった のですが、いたち川べりの サクラ見物は そこそこに して、「ついでに、北陸新幹線 開通で 改装された 富山駅を 見に ゆこう」と いう ことに なりました。

新幹線 乗り場が 高架に なった ため、市内電車が 駅の 下まで 乗りいれる ことが できる ように なって いました。また、富山駅を 利用する 人たちの 数が 以前より おおくなった ようにも 見えました。それに しても、年寄りには やはり つかれ ますね。もうすこし、ベンチ ぐらいは ほしい です。

そんな ことを 考えて いる うちに、こんどは 「せっかく だから、新幹線に 乗って みよう」と いう ことに なりました。終着駅 金沢 まで 20。あっという間でした。スマホで 写真を とる チャンスが なかった わけでは ありませんが、わたしの 運動神経ではなかなか 対応でき そうに ありません。車内 から 外の 景色を うつそうと して いると、たちまち 防音壁に 変わったり、トンネルに はいったり します。金沢駅に到着してから、ようやく 新幹線の 機関車の姿を カメラに おさめました。

金沢へ 来たのも ひさしぶり。ちかくの みやげもの店 などを 見て まわりました。どの店も 品ぞろえが 豊富で、おおぜいの 客で にぎわって いました。新幹線開通を まちかまえて 加賀百万石を 日本全国へ 売りこもう とする 意気ごみ みたいな ものを 感じました。くらべて みると、富山の お店屋さんの ほうが おとなし すぎる 感じ です。       

 ちょうど おひる すぎの 時刻 だった ので、車いすの まま はいれる 店を さがして、ソバを 食べました。

別に 用事が あって 金沢まで 来た わけ では ないので、おりかえし 新幹線で 富山へ かえっ てきました。これにて、903名さまの ための 花見と 北陸新幹線の 旅は 無事終了。出たとこ 勝負で 予定が 変更される ため、老人 として は いささか 疲れ ましたが、天候にも めぐまれ、いい 思い出に なりました。

それに しても、要介護5の 母親を 車いす ごと クルマに のせて 運転し、富山駅で 車いすを おろし、 クルマを 駐車場に あずけて きて から、エレベーターを 利用して 車いすを 新幹線乗り場 まで おして ゆく…たいへんな 労働と 気づかい です。妹の Hkmさん ともども、いまどき めったに 見られない 孝行もの だと 思います。

 

『朴魯禅談集』          
 41()Usmさん から「朴魯禅談集」と いう 本を いただき ました。「知人の堀辺朴魯氏がこのたび出版した禅談集です」との こと でした。文芸社 セレクション(文庫版)63ページの 小冊子。表紙 カバーの 帯に、こう解説してあります。

 参禅、修行して知った「禅」について古今の天才禅師たちの教えや行状を織り交ぜて縦横に語る「禅の噺」

わたしは 自称「親鸞の弟子」で、『歎異抄』などは 読みましたが、禅に ついては まったくの 門外漢 です。しかし、せっかくUsmさん からの プレゼントでも あり、ポケット版の 小冊子で 読みやす そう だった ので、さっそく 読ませて いただき ました。

読みはじめると、気どりの ない 文章で、途中の リクツを 省略し、結論だけを ズバッと 述べる…そんな 感じ でした。ところどころ、「はてな?」と 思う ところも ありましたが、「なるほど」「そのとおり」と 共感できる ところも あり、なんと なく 「禅」に 親近感を おぼえ ました。

はじめに 目次を ざっと ながめて いた のですが、とりわけ「真の呼吸」「抜苦与楽」「神道は迷わぬ道、仏教は迷った後に悟る道」「出雲の大国主の大神少彦名の大神」「孔子」などの ミダシに 興味を ひかれ ました。ここ では、とりあえず「真の呼吸」の 項から、はじめの 数行だけを 紹介させて いただきます。

 真の呼吸というのは、鍛錬に鍛錬を重ねた結果の末に到達した呼吸という人為的な呼吸ではなく、宇宙一体に広がるとんでもない、それはそれは継ぎ目のない、じつにきれいな呼吸であって、自分のものではない、産まれる以前の世界の呼吸。ダルマの顕現というか、とんでもないものがあるのだ。

こんな 調子で、6ページに わたる 呼吸論議が はじまります。ただし、「真の呼吸 とは、どんな ものか」という 初心者むけの 解説は いっさい 出て きません。「只管打坐」「見性成仏」「見性(悟り)などの コトバは 出て くる のですが…このへんの ところが いかにも「禅問答」らしい ところ なの かも しれません。

 そこで、わたしも これに コキュウ[呼吸]を あわせて、イズミ流の 問答を 考えて みました。おもしろいと 思ったら、おおいに わらって ください。

Q: コキュウ[呼吸]とは、なんの こと?

: コキュウ[呼吸]漢語ヤマトコトバで いえば イキ[](を する こと)。コ[]は、イキを 吐きだす 姿。キュウ[]は、イキを 吸いこむ 姿。

Q: そもそも、イキと いう 語音が どうして[息・呼吸]の 意味を 表わす ように なった のか?

: ヤマトコトバの 組織原則 から 見て、イカ・イキ・イケ などの 語形は 動詞 イクから 派生した コトバと 解釈すると 分かり やすい。イク・ユク[行・往]は、もともとイク[射來]で、「が イク・ユク」姿。イク[生・活]は、生物・動物が イキを したり、自力で 移動(イク[])する 姿。矢の ように すばやく イク ものが イカ[烏賊]・イカダ[]。動詞 イクの 連用形 兼 名詞形が イキ[生・活・息]。イキつづける 意の 動詞が イキル[]。自動詞 イク[生・活](動四。生きる)に たいする 他動詞が イク[](動下二。生かす)。その 連用形 兼 名詞形が イケ[活・池]。つまるところ、「一生をどうイキルか」とは、「いつ・どこで・どんな イキ(息・呼吸)の 仕方を するか」の 問題。

   さて、みなさま わらって いただけ ました でしょうか?

 

サクラ サク、花ザカリ
 春と いえば、やはり サクラ です。いたち川べりの サクラは、ことしも みごとに 咲いて くれました。はじめに 書いた とおり、3月末には 開花。途中 雨が ふったり 風がふいたり しましたが、きょう410に なっても、まだ なんとか 持ちこたえて います。ここに 掲載した のは、44日に 散歩の おり うつした もの。「雪見橋 から」「遊歩道」など、毎度 おなじ 地点の 映像 ばかりで、いささか 気が ひけますが、これも 体力の 限界を しめす もの。一期一会。来年 また おなじ 光景を カメラに おさめる ことが できる という 保証は ありません ので。
サクラの や、花見用の ボンボリは 毎年 見なれた 姿 ですが、いたち川に うかぶ 「赤い ボート」は、こんど はじめて 見た 光景です。