2016年4月9日土曜日

いたち川 べりの サクラ 満開 

 
 
富山市日中友好協会総会3/4
 
 
日本海文化悠学会総会 3/25 
 
 
いたち川の サクラ 満開 4/3  
 
 
 いたち川 遊歩道 3/25 
 
 
大沢野の 風景 4/5  
 
 
 ゆーとりあ 越中 まえで 4/6  
 
 
 
324日(木)夜、ホテル グランテラスで 開かれた 富山市 日中友好協会 総会に 出席しました。出席者の 中に、むかし 日中国交回復運動に 熱中して いた ころの 仲間の姿は、ほとんど 見あたり ません。それでも、田添 等楊 さんと 同席できて、ほっと しました。田添 さん とは、むかし 富山市 中学校の 教員仲間で あり、当時 たまたま 中国 から 一時帰国して いた hsmtさんの 娘さんを 中学生と して 受けいれる ことに なり、その 学級担任が 田添 さん でした。田添 さんは、独特の 風格を もつ 洋画家と して いまも ご健在 です。また、そのときの 女子 中学生は いま 富山市役所の 文化・国際課に 勤務して います。
むかしなじみと いう 点では ,ひさしぶりで、栗三 直隆 さんに お会い しました。滑川市 光明寺 住職 さん ですが、この日は 県協会 副会長と して 来賓席に 着席。むかし、NHK 富山放送局に 勤務、労働組合の 運動を して おられた ころ からの 顔なじみ。最近は『浄土と 曇鸞…中国仏教を ひらく(桂書房)を 刊行する など、ますます ご健在の ようです。
 この日、記念講演と して 斎藤 大紀(富山大学 人文学部 教授)が「鳳凰県の 世界」と 題して 講演され ました。鳳凰県は、湖南省 湘西 土家族 苗族 自治州に ある 地方都市で、漢族とは ちがった  文化を 感じさせる 観光地と なって いる よう です。中国の 現代作家 沈従文の 故郷としても 有名です。ただし、わたし 自身 広西省の チワン族 自治州 桂林へは 2回 旅行した ことが ありますが、鳳凰県は まだ いった ことが ありません。これまで 10回 以上も 中国を旅行して きましたが、中国の 土地に ついても 人についても、知らない こと だらけ、分からない こと だらけ だと、あらためて 気づかされ ました。
 
325日(金)午後、茶屋町 豊栄稲荷神社で、日本海文化悠学会 総会が 開かれ、平成27年度の まとめ、および 新年度の 計画 などに ついて 協議 しました。まず、各自が とりくんで いる 研究 テーマ などに ついて 報告し、ついで その 提案・報告などの 希望に あわせて 新年度の 研修会日程に くみこむ 作業が おこなわれ ました。
この席で、会員の 関屋 克己 さんが「地名 サワ[]と タニ[]の 分布」に ついて 研究して おられる ことを 知り、さっそく ご教示を お願い しました。関屋 さんは、即日メールで、隈田 実 論文「日本列島に おける、地形用語と しての 谷と 澤の 分布 …古代民族の 文化圏との 接点を 探る」を おくって ください ました。ありがとう ごじます。
隈田 論文の要旨は「地形用語と しての 谷と 澤の 分布を見ると、日本の背骨と呼ばれる飛騨山脈を境として、西側は谷、東側は沢に、ほぼ統一されている。この地名の分水嶺は、地質学的には、糸魚川~静岡線(大地溝帯あるいはフオッサマグナ)の東側に平行して走っており、南端は御岳南麓まで続いている。谷と沢の分布状態から(本来は言語学・民族学・考古学などの諸分野が関連している問題であることを承知の上で)、古代民族の勢力圏や文化圏との関係を推理してみたい」と いう こと です。この 論文は「地質ニュース563(20017)に 掲載された もの ですが、ネットで 簡単に 閲覧・コピー できる ように なって います。ご都合の つく方は、ぜひ いちど 検索して みて ください。タニ[]と サワ[]の ミゴトな 分布図や ロマンに 満ちた 隈田仮説を たのしめると思います。
地質学には 門外漢の わたし ですが、タニ[]と サワ[]の 精密な 分布図を 見て おどろき、隈田 さんの 基本姿勢に 感動しました。また、タニ[]・サワ[]・カワ[]などと いう 地形用語の 音形・字形・意味用法 などに こだわる 姿勢にも 共感を おぼえました。
 「タニ[]と サワ[]の 分布図」から「古代民族の 勢力圏や 文化圏との 関係を 推理する」ことは、たのしい こと ですが、それには やはり「言語学・民族学・考古学 などの 諸分野」からの 証言が 必要に なります。その点で、隈田論文の 中で 提案されたいくつかの 仮説は、まだ 十分な 説得力を もって いない ように 思われます。
 ここで、わたしに ナニが できるかと 考えて みました。音韻比較の 面 から、地形用語(タニ・サワ・カワなど)の 音形を 音節・音素の 段階 まで 分析する と ともに、音形と意味(事物の 姿)との 対応関係(やがて、語形の 組織原則)を たしかめる ことに よって、なにがしかの「客観性・合理性」の ある 証言を 引き出す ことが できるかも しれません。
 これから 先の 話は、やや 専門的な 議論に なります ので、くわしい ことは ブログ「コトダマの 世界」でご報告する ことに します。
 
43()いたち川 べりの サクラも ほぼ 満開と なりました。ことしの チンドンまつり8日~10日に 予定されて います から、予想より 1週間 ほど 早く花見が できたと いう こと です。花見と いっても、いまの わたしの 体調では、朝食 まえの 2030分、スマホを ぶらさげて 雪見橋 まで 出かけ、まずは 定点観測で 両岸の 風景を カメラに おさめ、あとは 遊歩道の サクラを ながめて シャッターを 切る くらいの こと。カメラ アングルを 考えて、水面 ちかく まで 階段を おりようと しても、手すりが ないので ムリ。松川との 合流地点 まで 歩けば、またすこしちがった風景が見られるのですが、そこまでの 体力も 意欲も ありません。まあ、これで ヨシと 思って います。96歳の 春、ことしも 無事 サクラの 花を 見る ことが できました。それ だけで、ありがたい こと です。
 
44()西田 直・恵美子 夫妻の 來富に あわせ、藤木 美織 さんの クルマに イズミ 夫妻も 便乗して、-とりあ越中 まで 一泊旅行に 出かけました。西田 夫妻は、前回も ご紹介した ハルト[悠人] 君の おじいちゃん・おばあちゃんに 当たります。こんどの 富山訪問は、3日に 大津市で 琴の 発表会が あり、母親の 規子 さん だけでなく、ハルト君も 出演する ことと なり、やがて 祖父母の 西田 夫妻 まで 孫の 初舞台 応援にかけつける さわぎと なりました。千葉県 四街道 から 大津 まで きた ついでに、富山を まわって 北陸新幹線で 帰郷と いう ことに きまった そうです。
信直 さんは、旧制 富山高校の 出身で、東北帝大 工学部 卒業後、日鉄・釜石 製鉄所に 勤務。敗戦後も、日鉄 解体に よる 富士製鉄 時代1950年~)、八幡製鐵所と 合併して からの 新日鉄時代 まで、日本の 製鉄業界で 陣頭指揮を して こられた よう です。やや 難聴の ため、補聴器を つけて、じっくりと 思い出話を きかせて いただき ました。旧制 富山高校の 学生時代、寮生仲間で 食料買い出しに 行って、警察官の 取りしまりに あった 話 から、製鉄技術 関連の 特許権を めぐる 訴訟の 話 まで、まさに 現代史の 証言を 聞く 思いが しました。
 
 
 

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