2011年12月6日火曜日

漢字・カナ・ローマ字とのツキアイ(1)

「カナ文字の研究」1935


 「北海道集落地名地理」1992



漢字とのツキアイ
わたしは中国語専攻なので、漢字とのツキアイはわりあい深い方だろうかと思います。しかし、漢字はたいへん古い歴史をもち、それだけ複雑な組織体系になっていますので、わたしが漢字の深いところまで知りつくしているわけではありません。
わたしの場合、どちらかといえば、漢字(表意文字)と対立するカナやローマ字(表音文字)のがわに立ってのツキアイが多かったと思います。つまり、オツキアイというより、ツノツキアイ[角突合]のような関係です。

中学生のカナ文字論
19353月発行の旭川中学学友会雑誌28号に、わたし(当時3年生)の作品「カナ文字の研究」が掲載されました。「緒論」につづいて「本論第1章、漢字の弊害。第2章、カナ文字とは何ぞ。第3章、カナ文字に対する非難の検討」、そして「結論」まで。堂々(?)10ページにわたる論文です。その「緒論」から、一部ご紹介します(原文のまま)。

日本国民である以上…母国語を愛し之を愛し之を研究し、これを改良する事は、極めて自然な事であり,又極めて必要な事…漢字使用に伴ふ弊害を研究し、国字に改良を加へ…
苟も愛国心を有する者は其の対策を研究せねばならない。果して然らば漢字を廃して何を用ひんとするか?…私は種々研究の結果、此処にカナ文字を推す…

「本論」を紹介すると長くなるので省略。「結論」の最後の部分だけ引用します。

読者諸君で「カナ文字」で書いてみ度いと思はれる人々にお奨めする事がある…先づ次の三ケ條から實行していただき度い。
 1.成るべく易しい漢字を用ひ、難しいものは使はぬ事。
 2.漢字はすべて文部省国語調査会の常用漢字に限る事(
   れた漢字
)
や字画の多いものもカナで書く事。
   3. 
左横書を實行する事。

「満州国帝政実施」(1934)のあと、二・二六事件(1936)直前という時期でしたから、この作品にも、全編にわたって軍国主義の影響が見られます。
また、こうした「漢字・カナ文字論義」の中で、つぎのような「明治天皇御製」を引用している点も、この作品の特色かと思います。

うるはしく書くも書かずも文字はただ読み易くこそあらまほしけれ
聞き知るは何時の世ならん敷島のやまと言葉の高きしらべを

実は兄からのウケウリ
テレビもインタネットもなかった時代、北海道のイナカに住む中学3年生が、自分のアタマで思いつきそうなテーマでもないし、資料も手にはいるはずがありません。
実をいうと、この作品の内容は、あらかたわたしの兄の議論のウケウリです。といっても、べつにカンニングしたわけでもありません。5歳年上の兄タケヨシ[長嘉]が、当時中央大学在学中で、カナモジカイ会員。カナモジ運動に熱中していました。イトウ チュウベイ[伊藤忠兵衛]さんが会長で、マツサカ タダノリ[松阪忠則]さん(国語審議会委員)が理事長。カナモジ運動の全盛期だったといえるかもしれません。その兄が旭川へ帰省したのは夏休みくらいしかなかったと思いますが、その言動がわたしの好奇心を刺激し、たちまちいっぱしのカナモジ論者に変身させてしまったようです。

49
年ぶりの対面
この作品のことは、ずっと忘れていました。思いださせてくれたのは、同期の栃木義正兄です。1984年、東京で旭三会の会合があり、たまたま同席した栃木兄が「カナ文字の研究」のことを覚えていて、あとでコピーを送ってやると約束してくれました。
おかげさまで10月はじめ、わたしは49年ぶりに自分の作品と対面することができました。コピーを同封した手紙に、こう記されていました。

(前略)あの時約束したものをコピーして同封します。
この次会った時など申したが、武田君や山本忠さん(先日話しようと思って忘れた)などのこともあり、思いついた時が良い時と思いました。
五十年来の志操堅固に感服します。
愈々の御健勝を祈ります。


「北海道集落地名地理」のこと
それから8年後の199211月、栃木兄から「北海道集落地名地理」という大作(567ページ)が送られてきました。前年9月に、わたしから「コトダマの世界…象形言語説の検証」(社会評論社)を進呈していましたので、その返礼の意味もあったようです。
北海道の地名には、アイヌ語由来のものがたくさんあります。わたしは これまでのところ、ヤマトコトバと漢語と英語の音韻比較だけで手いっぱいですが、内心ではアイヌ語との比較に興味シンシンです。その意味で、貴重な資料をいただいたと思っています。

サッポロは「乾く大きい川」
著者は、「地理的視点」に立ち、「集落名称」を、その起源によって「山地」「海岸地形」「陸水」など16章に分類、解説しています。わたしが興味をひかれるのは、アイヌ語由来の地名についての解説です。一部、要約して紹介します。

サッポロ[札幌]…中心市街は豊平川(旧名サッポロ川)の扇状地。川はここで乱流し、乾季に乾いた広い砂利河原となった。サッ・ポロ・ペッ(sat-poro-pet)=乾く・大きい・川。
アサヒカワ[旭川]…忠別川中流域右岸。チウ・ペッ(chiu-pet)=波・川=波立つ川の意。また、チュク・ペッ(chuk-pet)=秋・川=秋にのぼってくる鮭に因むという説もある。さらに
チュプ・ペッ(chup-pet)=日・川。これを意訳してアサヒカワ[旭川]としたともいわれる。
オタル[小樽]…札幌市との間に石狩湾に入る小樽内川がある。
オタ・オル・ナイ
(ota-or-nai) =砂浜の・処の・川。他説あり。


ローマ字の出番
サッポロ・アサヒカワ・オタルは、ふつう漢字で札幌・旭川・小樽と書いています。ただ、正確なヨミカタを確認したいということになると、やはりカナかローマ字で書くことになります。
もともとヤマトコトバ系の地名であれば、その名前を耳で聞いただけで、命名の由来を想像する手がかりになります。しかし、札幌や小樽のように、アイヌ語からの音訳だということになると、どれだけ漢字の字形をながめていても、地名の由来をさぐることができません。まずは、もとのアイヌ語の意味を確かめること。それには、アイヌ語の語音を正確に表記することが必要。アイヌ語とヤマトコトバでは音韻組織がちがいますから、音節文字のカナよりも音素文字のローマ字の方が正確に表記できます。
漢字オタクでも、カナ文字論者でも、こんな場面ではローマ字の出番をむかえることになります。



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