2013年10月7日月曜日

コドモ・こども・子ども・子供

 
 
「子ども」と「子供」のコラージュ
 
 
「子ども」か、「子供」か?     
9月20日の 北日本新聞紙上に 「こども表記で 論争」という ミダシの 記事が のっていました。この 7月に 刊行された「文部科学白書」で、本文中の 語句を「子供」に 統一した こと から、近年「子ども」表記が 定着して きた 学校や 自治体 などで、ちょっとした 論争に なって いる という のです(画像参照)。 
「子」の複数形として古くから「こども」という言葉が使われ、江戸時代ごろに「供」が当て字として使われるようになった・・・戦後「供」に関して「子どもは大人の『お供』ではない」と、否定的な見方が広がった。1952年に…故羽仁節子氏は「子どもが親の所有物のように見られる時代は去った」と主張。「子ども」を使うよう訴えた…最近は行政の部署名や新聞・出版物でも「子ども」が一般的…國は73年、公用文書で漢字表記を使用することをルール化したが、厳密に守られることはなく、「子ども手当」などの交ぜ書きが使われてきた。転機は今年3月の衆院文部科学委員会。交ぜ書きの根拠を自民党の木原稔氏が文化庁に問いただした…文科省が再検討した結果、公用文書は漢字表記が原則で、「供」が差別的表現に当たらないことを確認した…(要約)
なお、文科省は「省内限りのルール」だと 強調して おり、富山県教委は「文科省の 学習指導要領に 合わせ、すべて『子ども』と して いる。今後の 対応は 検討中』との こと。京都府教委は「対応を 変える 予定は ない」。その他 おおくの 教委も、しばらく 静観する 構え のよう です。
さて、この問題、みなさんは どう お考えで しょうか?「子ども」派?「子供」派?それとも「こども・コドモ・kodomo」派?
 
時代と ともに、モジの 役割が 変化する
コドモの 表記法が「子供」から「子ども」に 変化し 定着する までには、前記の ようにいろいろな 経過が あり、ながい 時間が かかって います。いいかえれば、時代の 変化と ともに、日本語表記法として 漢字の 役割が 変化した という こと です。
テレビ・ラジオ などが なかった 時代には、表意モジと して、漢字は 絶大の 勢力を ほこって いました。それが テレビ・ラジオの 普及と ともに、表意モジ、漢字の カゲが うすく なり はじめ ました。ラジオでは 画像も モジも 出てきません。漢字の 字形に たよる漢語では、同音異義の コトバが おおく、誤解混乱を まねき やすいので、もっぱら ハナシコトバで 語られる ことに なります。
 
 
便利な漢字が不便になるとき
情報通信の 世界は 日進月歩。やがて ケータイ電話・パソコン・スマホの 時代を むかえます。
テレビや パソコンの 画面には、漢字・カナ・ローマ字 などの モジも 表示されます。しかし、事物 そのものの 画像が 見られる ので、それだけ 漢字の 表意性に たよる 必要が なく なります。また、パソコンで 文書を つくる ばあい、漢字の 字形を わすれて いても、発音 どおり うちこむ だけで 漢字が 表示される ので、たいへん 便利です。ただし、転換ミスに 気づかない まま 発信・公開してしまう ことが あります。とりわけ 漢字・漢語では 同音意義の コトバが おおすぎて、そのこと 自体、おおきな 問題と なって います。たとえば カンジ[漢字・感じ・幹事・監事・寛治・寛二・莞爾・官寺…]コウカイ[公開・航海・後悔・更改・公海・黄海・紅海…]など。
 
表意モジ から 表音モジ ヘ
漢字は、もともと 漢民族が 漢語を 記録する ために つくりだした モジです。日本語の文書に 漢字を 使う ことに なった のは、日本語(ヤマトコトバ)の ための モジが できて いなかった から です。ヤマトコトバと 漢語(中国語)では、音素・音節の 段階 から 音韻感覚に ズレが ある ので、漢字 だけ では 日本語を 充分に 記録する ことが できません。そこで、漢字の 字形を 土台に して、カタカナひらがなを つくりました。これで はじめて、日本人は 日本語(ヤマトコトバ)の 感覚に あわせて 自由に 使える 表音モジを 手にいれることが できました。
はじめは、漢字音(単音節)を 借りて、その 漢字を 表音モジ として 利用した もので、このこと から訓読み(ヤマ[]・ウミ[]など)の方法がうまれました。しかし、漢語をすべて ヤマトコトバに いいかえる ことは できません。漢語の 発音を そのまま ヤマトコトバの 文脈の なかに くみこむ ことに なりました。いわゆる 漢字カナまじり文 です。
漢語では、もともと 1音節で 1語を つくり、漢字1字で 表記する のが 原則でした。たくさんの コトバを つくれる ように、たくさんの 音節を つくりましたが、やはり 限度が あり、しだいにて 多音節(2音節が主流)語が おおく なって います。
 
同音異義語の アトシマツ 
ヤマトコトバも、もともと 1音節で 1語を つくりますが、音節の 種類は「五十音()」と よばれる とおり、きわめて 単純明快です。くらべて 漢語では 音節の 種類が 複雑。現代音でも 数百個 あります。いわゆる 日本漢字音は、もとの 漢語音を ヤマトコトバの音韻感覚に あわせて 記録した もの なので、それだけ 単純化される 結果、同音意義がおおく なります。たとえば、前記 コウカイ[公開・航海・後悔・更改・公海・黄海・紅海…]の ように、もとの 漢語音では 区別して 発音されて いた [gong・航hang・後hou・更geng・黄huang・紅hong]が 日本漢字音では すべて コウと なり、[kai・海hai・悔hui・改gai]は すべて カイと なって しまいました。いま 問題に なって いる 同音異義語の 大部分は 漢語ですが、大量の 同音異義語を つくりだした 責任は、日本人 自身にあります。漢語を ムリヤリ、あるいは 無神経に、日本語に とりこんだ 結果、いま そのアトシマツに おわれて いる のです。

 
 
 漢字・カナ・ローマ字の役割を見なおす
 
「子供」説の 根拠は「公用文書は 漢字表記」という 国の「原則」に ある ようですが、この「原則」そのものが 21世紀日本語の 現実に 適用できない、時代おくれの シロモノに なって います。

 


全国の 家庭や 職場に テレビ・ラジオが 普及し、老人は テレビが たのしみ、職場ではコンピューターを 使い こなす ことが 仕事。学生・生徒たちも、ケータイスマホを とおして トモダチに なったり、世間と つながったり して います。

それより なにより、21世紀は 世界規模で 大競争の 時代。まずは イキル こと。イキヌク こと。イキのこる こと。それが 日本民族に つきつけられた 課題です。スキだ キライだ いって いる ひまは ありません。文科省が「小学校 からの 英語学習」を すすめて いる のも、その あらわれ です。 

世界を 相手に 交流する には、それぞれの 民族と コトバを かわさねば なりません。その ばあい、直接 相手の 民族言語を 話せなく ても、第3の 言語、たとえば 英語を 共通言語として、たがいに 意志を 通じあう という 方法が あります。その 意味から も、「小学校 からの 英語学習」は 20世紀 までの 英語学習とは ちがった 性格の ものです。ヨム・カク能力 だけ でなく、キク・ハナス 能力が 要求されます。日本人に とって、英語は 漢語と ならんで、もしくは 漢語を とびこえて、第2言語の 役割を はたす ことが 期待されて います。このことは、日本語の 歴史が「あらたな 時代の はじまり」に さしかかって いる ことを しめす ものと 考えて よい でしょう。

いずれに しても、「公用文書は 漢字表記」など という「原則」を ふりまわす 時代 ではありません。日本語 文書の 現実は、とおの むかし から 漢字 カナ まじり 文で あり、さらには ローマ字や 算用数字も とりいれて います。

いま すぐ やるべき ことは、国語教科書 はじめ、すべての 文書を ヨコ組みに する こと。漢字・漢語を へらし、カナローマ字を 効果的に 利用すること。そして 単語 ごとに ワカチガキを 実行する こと。このことは、21世紀 文書の ジョーシキです。

 

[追記]
かるい 気持ちで 書き はじめた のですが、ついつい 欲が でて、またしても ただの 長談義に なって しまい ました。ゴメンナサイ

 
 
 


 
 
 
 
 
 
 
 
 






 

 
 
 

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